突然部屋を訪ねて来たフェルが云った『ベル』とは、私のベッド横のサイドテーブルに置かれている緊急を報せるベルの事だ。

其のベルは特別な作りをしたベルで、高過ぎる高音は十代の若者しか聴き取る事が出来ない。

私の護衛を主な任務としているフェルが騎士団の中で唯一このベルの音を聴く事が出来た。


「部屋にいたら突然ベルの音が聴こえて来て…だから何かあったんだと思って慌てて飛んで来たんだけど」
「…」

(私…ベルなんて鳴らしていない)

ノワールが傍にいた時にベルを鳴らす余裕が私にはなかった。

其れに

(ベルを鳴らすなんて事…考えもしなかった)

突然現れたノワールには驚いたし、いきなりされた行為に対して怖さや驚きはあった。

一瞬心の中で誰かに助けを求めた。


──だけど


(私…誰に助けを…?)

其の瞬間、助けを求めた人の名前がスッポリ抜けていた。

そして其れに対してのノワールの言葉にも引っかかるものを感じた。


『──違う』

『そいつは──違う』


(あの時ノワールが云った言葉の意味って…何?)


──というか、ノワールの存在自体もあやふやになって来た


突然現れて意味深な行動や言動を残してあっという間にいなくなってしまう。

(ノワールって一体何者なの?)

そんな事を頭の中でグルグルと考えていると、突然伸びて来た腕にハッとした。

「アメリア、何があった」
「…フェル」

首筋を覆っている私の手首にフェルの掌が絡まった。

(フェルが私を『アメリア』と呼ぶ)

今までなら其れはとても珍しい事。

其れは重要な事。

いつもの調子ではない状態の時、ごくたまに私の事を真剣な声音で『アメリア』と呼ぶフェル。

そういう時はとても大切な事を私に云う時だった。

だけど

「首の其れ…どうした」
「…」

年齢を重ねるごとに私の知らないフェルの表情、声、行動が増えて行った。

私の事を『アメリア』と呼ぶ事も今ではもう珍しくない事に私は薄々気が付いていた。

「アメリア」
「ごめんなさい…見た事もない大きな虫が突然部屋に入って来て」
「虫?」
「えぇ、首に…違和感を感じて…そうしたら大きな虫が飛んで…其れで驚いてしまってベルを──」
「そうだったのか?どれ、よく見せてみろ」
「いい、大丈夫だから」
「大丈夫な訳ないだろう、赤くなっていたぞ。よくないものに刺されていたとしたら大変だ」
「医務室に行くから大丈夫」
「だったから俺も一緒に──」
「フェル!」
「っ」

私は思わず大きな声を出してフェルを窘めた。

「…大丈夫だって云っているでしょう…いいから、帰って」
「…アメリア」
「じゃあ」

私は医務室に向かう振りをして其のままフェルの元から立ち去ったのだった。

Schwarz Mythos
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