『大丈夫じゃねぇ』


私の間近から聞こえた声に驚くと共にあり得ない程の恐怖を感じ咄嗟に其の場から退こうとした。

だけど

「あ…っ!」

得体の知れない力が私に圧し掛かり、私はベッドに仰向けで押し倒されてしまった。

「何処に行こうってんだ」
「…あ、あ、なたは…」

一瞬其れは黒い塊に見えた。

けれど少し目を凝らしたら其の黒いものは人の形を成し、何処か懐かしささえ感じる人の顔を表した。

「よう、久しぶりだな、アメリア」
「……ノ、ワール?」
「そうだ、俺だ」

私を押し倒しているのはノワールだった。

あの日…

5年前に初めて行った社会見学で出逢った少年。

黒い瞳と黒い髪の、私と同じ歳位の男の子。

名前がないといった彼に私は【ノワール】という名前を与えた。


「ど…どうしてノワールが此処に…」

ノワールと最後に逢ったのは11歳になったばかりの春の日の夜。

嫌われていると思っていたザシャルと和解した日に眠れずにいた私の前に現れた。


『アメリア、こっち』

『一緒に寝よ』

『アメリア、眠れないんだろう?おれが傍についててやっから寝ろよ』


私とノワールは其のまま抱き合って眠った。

だけど朝になって目覚めるともう其処にはノワールはいなかった。

あの日以来、ノワールと逢う事はなかった。

(もう…逢う事はないと思っていた…のに)

たった2回しか逢っていない。

しかも2回目のノワールとの出逢い方は不思議だとしか思えない様なものだった。

不思議な存在の少年の事は月日を重ねる毎に幻だったんじゃないかと思う様になり、私の心から淡く消えかかっていた。

(そんなノワールが今、私の上に…!)

「どうして俺が此処に…か。其れはアメリアが俺を呼んだからだ」
「?!」

(其れって…)

其れは2回目の時にも云われた言葉だった。

(私が…ノワールを呼んだ…?)

そんな覚えは全くなく、ただ茫然とノワールの顔を見つめる。

「アメリア、綺麗になったな」
「っ!」

組み敷いている私の顔をジッと見つめていたノワールが目を細めて囁いた。

(な…なっ…なんて事を)

思わず顔がカァッと赤くなった。

実際赤いかどうかは私自身には解らなかったけれど、あり得ない程の熱量が顔に集まっている事は確かだった。

だけど私の事を綺麗だと云ったノワールこそが恐ろしく綺麗なものになっていた事に戸惑い、驚きが隠せなかった。

(なんなの…この…圧倒的な美しさは)

男性であるはずのノワールはゾッとする程に冴え冴えとした美しい顔になっていた。

少年だった頃の面影は其の漆黒の髪と暗闇を思わせる瞳だけだった。

(…あの時と同じ…なんて…綺麗、な)

ノワールの瞳を見つめていると目が離せなくなる。

体は金縛りにあった様に身動ぎ一つ出来なくて、心ごと其の瞳に吸い込まれてしまう様な錯覚に陥る。

「アメリア」
「!」

ノワールが私との間を詰め、其のまま私の首筋に唇を落とした。

押し付けられた唇の感触は柔らかく、一気に体中が騒めいた。

「…あっ」

自然と漏れ出た声に私自身が驚いた。

(な、何…今の声っ)

「アメリア…いい声で啼くなぁ」
「ふ…っ!」

唇が押し付けられていた首筋にヌメッとした感触が走った。

其れはノワールの舌が私の首筋を舐め上げている感触だと解ると同時にチリッとしたちいさな痛みがした。

「アメリア、美味い」
「あ…あっ…」

(これは……誰?)

私の知っているノワールはこんな事をする人じゃなかった。

こんな…

まるで私を獲物として狩り獲る様な獰猛な瞳をぎらつかせ、妖艶な笑みで見下ろす男があのノワールなはずが──

ノワールの手が私の胸元に伸びた瞬間、私は心の中で助けを呼んだ。

Schwarz Mythos
★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチずついただけると執筆の糧になります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村