勝手知ったる他人の家──とばかりに、何度も行き来した涼花の部屋がなくなっていた。

いや、正確にいうと、部屋の玄関脇に掲げられていた【TANAKA】の表札がなくなっていた。

「嘘、なんで?」

不安に思いながらも何度もインターホンを押す。

だけどマンションのエントランスでオートロック盤を操作した時と同様、涼花からはなんの応対もなかった。

(涼花…)

私は得もいわれぬ不安に駆られ、以前涼花から『何か困った時には使って』と渡されていた部屋の合鍵を使う事にした。

エントランスを通り抜けるために使った時よりも少しだけ緊張感があった。

だけど涼花の事が心配過ぎて躊躇っている場合じゃないと思った。

鍵穴に差した鍵がカチャンと音を立てて開錠した。

静かにドアを開け「涼花…いる?」と声を掛けながら中に進んで行くと

「?!」

私は驚き過ぎて思わず持っていた鞄を落としてしまった。

「…なんで」

其の部屋には何もなかった。

涼花に悩みを訊いてもらったリビングにも、涼花が手料理を振る舞ってくれたキッチンにも、眠るまで他愛無い話で盛り上がった寝室にも、家電や家具、生活雑貨など、其の全てのものが綺麗さっぱりなくなっていたのだった。

「~~~っ!!」

其の空間は、涼花が此処に住んでいたという痕跡を一切思わせない、真っ白な無機質なものに変わってしまっていたのだった。









「歌也ちゃん?!」

次に気が付いた時には私の体は龍に抱き留められていた。

「どうしたの、歌也ちゃん!」
「……龍」

徐々に意識が浮上して来た私は、今、龍のいる喫茶店に立っているのだと自覚した。

だけど、涼花の部屋からどうやって此処までやって来たのか記憶が定かではなかった。

様子のおかしい私をカウンター席に座らせて龍も隣の席に座って優しく背中を擦ってくれた。

「歌也ちゃん…」
「…龍、ありがとう…大丈夫だよ」

龍から与えられる緩やかな振動と温もりで私は少しずつ冷静になれて来た。

そんな時、店の奥の席から「すみません、注文お願いします」という声が聞こえる。

「龍、私は大丈夫だから行って来て」
「…でも」
「仕事、ちゃんとしなさい」
「…解った」

少し表情を曇らせながらも、私がいつものような口調に戻った事を受けて龍は喫茶店のマスターの顔になって私の元を離れた。

(いけない、龍に要らぬ心配させちゃ)

龍の顔を見て安心出来た。

そして動揺していた気持ちも静かに受け止める事が出来ていた。

(涼花…)

いつも当たり前のように会えていた涼花に会えなくなっただけでこんなに動揺するとは思わなかった。

其れだけ私にとって涼花はかけがえのない友だち──親友なのだとありありと思い知らされた。

と、同時に、今涼花の身に何が起こっているのか、そんな訳の解らない不安に心が押し潰されそうだった。

(どうしよう…どうしたらいい?)

私は頭の中で懸命に解決策を模索するのだった。

王子様の作り方
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