本日三組目のお客さんは昼休憩中の来訪で30分程で店から出て行った。 


(ふぅ…やっと午後か)

私はカウンター側に座って簡単に作った昼食用のサンドイッチを頬張った。


開店初日にしては中々の客入りじゃないかと思った。

もっとも全て祖母が経営していた時代の常連客で、新規さんはひとりもいなかったけれど。

(ってか新規さんなんて来るのかな)

そもそも祖母が親しい人とお茶をしながらお喋りをするために作ったお茶屋だ。

商売──というよりもコミュニティの集い場という意味合いが強かった。

(やっぱり…これは副業と考えた方がいいのかな)

はぁとため息をつきながら誰もいない店内を見回すと、窓から不意に見え隠れする人影が映った。

(! …あれって)

私は食べかけのサンドイッチをお皿に乗せ、そっと裏口から外に出て店の前に回った。

其処にはやっぱりと思う人が身を屈めて店内の様子を窺っていた。

「…あの」
「!」

割と気を使って小声で声を掛けたのだけれど、掛けられた方は大層驚いて飛び上っていた。

「あっ…すみません、急に声を掛けてしまって」
「や…いや、此方こそ…」

明らかに挙動不審者として私の目に映っているのは先刻、店に来たあの背の高い着物姿の男性だった。

(あ、そういえば私)

其処で初めて気が付いた。

「あの…先ほどは突然泣き出したりしてすみませんでした」
「いや、あれは不可抗力というかなんというか…俺の方こそ…泣いている君を放って帰ってしまって…其の、申し訳ない事を…」
「…」

(もしかして気にして戻って来た…という事?)

この人には何も非がないというのに。

(私も別に気にしていなかったというか)

みっともない醜態を晒したのは私で、寧ろ謝るべきは私の方だと思ったのに。


「…あの、もしよかったら中に入りませんか」
「え」
「昼食、摂りました?」
「あ…いや、まだ」
「よかったら何か作ります」
「…」

其の人は少し躊躇いがちな表情を見せたけれど、素直に私の後について店の中に入ってくれたのだった。


「ピラフでよかったですか?」
「ピラフ…そんな洒落たものを此処で食べられるとは」
「ふふっ、大袈裟です」

カウンター席に座った其の人は私が笑ったのにつられて口元を綻ばせた。

(う゛っ!笑うと更にいい男になるんだ)

内心ドキッとした気持ちを押さえつつ、そういえばと先ほど気がついた事を口にした。

「あの、私、お名前を訊くのを忘れてしまって…よろしかったら教えていただけませんか?」
「あぁ、名乗っていませんでしたか。俺は東藤 雄隆といいます」
「とうどう…ゆたかさん」
「はい、平凡な名前でしょう」
「そんな、平凡さでいったら私もなので」
「いや、君の名前は美しいです」
「!」

(う、美しい?!)

そんな事を云われたのは初めてで少し…いや随分焦ってしまった。

「日本はいいですよね。漢字があるというのがいい」
「漢字?」
「平凡な響きの名前でも当てられた漢字で如何様にも美しくなる」
「…」
「其のいい例が君の名前です」
「…」
「俺は十喜代さんからお孫さんにつけたという名前の由来を訊いた時からすっかり十喜代さんのファンなのです」
「…そう、ですか」

何故かまた涙腺が崩壊しかかって、私は慌てて手元のフライパンに意識を集中させた。

(なんだか…変、なの)

この人…東藤さんが祖母の話をするととても胸が切なくなる。

まるで孫の私よりも祖母と濃密な時間を過ごしていたのではないかと思われて、ほんの少しだけ東藤さんの事が羨ましいと思ってしまった。



「お待たせしました」
「おぉ、美味しそうだ。いただきます」

スプーンを持つ手を合わせ挨拶をしてから東藤さんはピラフを食べ始めた。

「どう、ですか?」

コーヒーの件があったので少し緊張しながら東藤さんの反応を窺った。

「美味しいですよ」
「! よかった」

(とりあえず不味いのはコーヒーだけ…って事なのかな)

其れもどうなのかと思ったけれど、とりあえずホッと胸を撫で下ろした。


店内に流れるのはスプーンがお皿に当たる音のみ。

其れを訊きながら時折東藤さんを盗み見る。

(本当綺麗な顔をしているなぁ)

おまけに食事をする所作も綺麗で益々何故こんな人がこんな田舎にいるのかが不思議だった。

そして不思議といえば

(…なんで着物着ているんだろう)

其のいでたちが不思議さに拍車をかけているのだった。

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