「お待たせしました」

突然店に現れた田舎町には不似合いな男性が注文したコーヒーをテーブルに置いた。

私の言葉に微動だにしない男性が気になりつつも其のまま席から離れ、何となくカウンター内から様子を窺っていると

「…」

男性は置かれたカップに口をつけひと口ふた口。

コクッと静かな嚥下の音が響いたなと思った次の瞬間

「…不味い」
「え」

ボソッと呟かれた其の言葉は驚くほど鮮明に私の耳元まで届いた。

(今…『不味い』って云った…?)

まさかね、と思いたかったけれど

「なんだこれは…こんなの珈琲じゃない」
「……」
「これが珈琲?これからこの店での珈琲がこれだと?」
「……」
「不味い…不味過ぎる」

(気のせいじゃなかった!)

ボソボソと語られる不快感満載の数々の言葉に段々苛立って来た。

(いくら本当に美味しくなかったとしても云う?声に出して!)

いい歳した大人の所業じゃないとひと言云ってやろうと思った次の瞬間

「はぁ…十喜代さん…どうして亡くなってしまったんだ…」
「!」

ため息混じりに発せられた其の言葉に怒っていた心がピキーンと固まってしまった。

「…おばあちゃんの…コーヒー」
「え」

半分放心状態の私が呟いた言葉に男性は反応した。

「…おばあちゃんって…君、もしかして十喜代さんの」
「……孫、です」

其れっきり、私は何も考えられなくなった。

ううん、考えていたかも知れない。


(考え…甘かったのかも)


儲け重視じゃ無い、ただ井戸端会議をする様なまったりとしたお茶屋だから注文された品物をただ出せばいいのだと軽く考えていた。

ごく短い期間だったけれどカフェで働いていた事もあったから田舎のお茶屋さんなんて気楽なものだと浅ましい考えがあったのかも知れない。

だけどそうじゃなかった。


『はぁ…十喜代さん…どうして亡くなってしまったんだ…』


祖母の淹れたお茶なりコーヒーなんかを愉しみに飲んでいた人がいた。

そんな事が男性のひと言で思い知った様な気がした。


「…あ…っ、すまない」
「…え」

耳に届いた通りのいい声で俯いていた顔を上げると、其処には先ほどまで虚ろな目をした無表情の男性の顔に表情が浮かんでいた。

とても申し訳なさそうな顔をした其の男性はバツが悪そうにやっぱりボソボソと呟く様に云った。

「俺…十喜代さんの珈琲のファンで…十喜代さんが亡くなってもうあの珈琲が飲めないのかと思って落ち込んでいた処に店が再開したって訊いて期待してやって来たのだけど…」

(期待して?…なんかゾンビみたいな顔色と表情だったけれど)

今までと雰囲気の変わった男性の饒舌な言葉で、落ち込んでいた気持ちが少しずつ浮上して来て余計な事が考えられる様になっていた。

「てっきり十喜代さんの味を継承した人が店を引き継いだのだろうと期待していた分…余りにも違う味の珈琲を出されて裏切られたって気持ちが大きくて…其の、つい…暴言の数々を…」
「…気になさらないでください…あの、私の方が申し訳ないというか…」
「十喜代さんの孫──という事は…美野里さん?」
「! なんで名前をっ」
「十喜代さんからよく訊かされていたから。初孫で名付け親になったんだって」
「…」
「美しい野の里と書いてみのりなんだってすっごくいい顔して語っていたから」
「~~~っ」
「え…えぇっ!なんで泣いてっ」
「う゛~う゛ぅぅ~~」

別に泣く処じゃなかった。

だけど何故かこの男性から語られた祖母の言葉が今の私の心にドンッと突き刺さってつい涙腺が崩壊してしまった。


(おばあちゃん…おばあちゃん!)


やっぱりこの店には未だに祖母の想いが溢れている様な気がした。

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