『でも今は違います!わたくしはちゃんとイグナーツ様のお気持ちを受け入れる覚悟が出来ました』


偶然聞こえてしまった会話の中に出て来た名前に酷く心当たりがあった。

(イグナーツって…あのイグナーツ?)

私の知る限り今この城の中に居る人で【イグナーツ】という名前の人物はひとりしか知らなかった。


『そう、やっと決心してくれたんだね。嬉しいなぁ』

(!!)

次いで聞こえた声もまた、私のよく知っている人物の声其のものだった。

(やっぱりイグナーツだ)

予想していた通りの展開に少しゲンナリした。

イグナーツは女性にだらしがないという噂をちょこちょこ耳にしていた。

見栄えのする顔立ちに社交的な性格、王子たる風情を存分に身に纏っているイグナーツが女性にモテない訳がないのだ。

しかし噂で女好きでモテると聞いても私にはいまいちピンとこなかった。

私から見たイグナーツは余りにも大人過ぎて、そんな彼に対して色事に関する興味も関心も持てなかったから。

でもいざこうやってそういった一部分を再現しているかのような場面に立ち会うと(あぁ、やっぱりモテるんだわ)と納得するしかなかったのだった。

(…私には早過ぎる事だけれど)

自分には無関係の事──と思いつつも、何故かイグナーツが話している女性とこれからどういった結末を迎えるのかが気になってしまって中々其の場から立ち去り難かった。

『えぇ…わたくし、ヴォーリア国の妃になる決心が出来ましたの』
『えっ、妃?何の話だい』
『だってイグナーツ様はヴォーリア国の第三王子でしょう?例え国王にはなれずともゆくゆくは国に帰って王族の一員として豪勢な生活を送るのでしょう?』
『う~ん…何を勘違いしているのか解らないけれど、僕は国を追い出された身だよ?第三王子なんて王族の中にいたって厄介な存在にしかならないからね。だから僕はノーティア国で金持ちのご令嬢の婿になって一生を遊んで暮らせて行けたらいいなと思って其の条件に適う女性に片っ端から声を掛けているんだけど』
『なっ!』

(…は?何を云っているの、イグナーツ)

思わずイグナーツと女性の会話を聞いてしまって絶句した。

だってイグナーツがあまりにもらしくない発言をしたものだから。

『でも──あぁ、よかった。今の処僕の誘いに乗ってくれた令嬢の中では君の家が一番のお金持ちだから安心したよ』
『じょ、冗談じゃありませんわ!第三とはいえ王子という身分なのだから結婚すれば王妃になれると思ったのに!王族の一員となれば地位と名声を手に入れられると思ったからわたくしは』
『おや、僕其のものを愛してくれていたんじゃないのかな?』
『確かにイグナーツ様は素敵なお顔をしていますけれど、顔だけの殿方は他にもいます!王子という付加価値があるからこそわたくしは──』

(なんて…酷い事を)

女性の云い分に関係者でもない、ただ立ち聞きをしているはしたない私でさえ腹が立ってしまった。

(…もうこれ以上聞きたくないっ)

私は今度こそ其の場から走り去っていったのだった。







「はぁ…」

もうじき陽が完全に暮れようとしている空をぼんやりと眺めている。

イグナーツと知らない女性との会話を最後まで聞きたくなくて駆けて来て辿り着いたのは中庭の隅に置かれているガゼボだった。

備え付けのベンチに座り先刻あった事を反芻していた。

(あれはいわゆるお金…ううん、身分目当て、という事…?)

多分イグナーツと話していた女性は何処かのお金持ちの令嬢なのだろう。

お金に困っているという訳ではなかったからお金目当てでイグナーツの事を受け入れようとはしていなかった。

『第三とはいえ王子という身分なのだから結婚すれば王妃になれると思ったのに!王族の一員となれば地位と名声を手に入れられると思ったからわたくしは』

(王妃…王族の一員)

所詮はイグナーツの王子という身分に惹かれた──という事なのだろう。

(身分だけで人を好きか嫌いかを決められるの?)

私自身、そういった事に関して未熟で疎かったけれど、どうしても納得が行かなかった。

「あぁ、いたいた」
「!」

考え込んでいた頭に割り込んで来た声にドキッとした。

声を掛けて来たのはイグナーツだった。

「隣いい?」と云いながら私の隣に座わるイグナーツを私はただ茫然と見つめていた。

「どうして…此処に?」
「純粋無垢な君の耳を汚してしまった罪悪感に駆られて慰めに来たんだよ」
「…」

イグナーツの其の言葉は、私が先ほど立ち聞きをしていた事を知っている──と云っているようなものだった。

「悪かったね、アメリア。不本意とはいえ汚いものを聞かせてしまった」
「…イグナーツのせいじゃないわ。たまたまあの廊下を通りがかって…私が勝手に足を止めてしまったのだから」
「僕を軽蔑したかい?」

イグナーツが少し自嘲した表情を浮かべながら私を見つめた。

何故イグナーツが私にそんな顔をしながらそんな事を云うのか解らなかった。

「軽蔑…?どうして」
「だって聞いただろう?僕が遊んで暮らすためにお金持ちの令嬢に声を掛けまくっているっていうのを」
「…あぁ」

(そういえばそんな事を云っていたわね)

女性の方の発言が余りにも衝撃的過ぎてすっかり忘れていた。

「…だけどあれはイグナーツの本当の気持ちじゃないんでしょう?」
「───え」
「あなたが何を考えて自分を貶める様な事を云っているのか解らないけれど、あんなの嘘なんでしょう?」
「…」

私が真っ直ぐイグナーツの目を見て話すのをイグナーツは瞬きひとつしないで受けていた。

しかしほんの数秒後にはイグナーツは大きな声を立てて笑い始めたのだった。

Schwarz Mythos
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