書庫室内に差し込む橙色の西日が時の流れを教えてくれた。

「じゃあ、俺は帰る」
「あ…はい」

書庫室で其々に本を読んでいた私たちに特に何か起きる事無く、私にそう告げてザシャルは先に書庫室を出て行った。

「…はぁ」

自然とため息が出た。


 『でもあんた、子どもなんだから。変に背伸びしなくていい』


(ザシャルのあの言葉はどういう意味?)

確かに私は子どもだ。

19歳のザシャルから見れば何処からどう見たって子どもだ。

(だけどわざわざ云わなくたって…)

其れに背伸びをしなくていいとは──?

(背伸びなんて私…)

「姫様」
「!」

思案している頭に届いた声にドキッとした。

「あぁ、驚かせてしまってすみません。あたくしもそろそろ退室致しますが姫様はまだ此方にいらっしゃいますか?」

書庫室の司書が声を掛けて来た。

司書──といっても書庫室の管理人みたいな立場の初老の女性で、名前をバロッサといった。

日中は書庫室内の本の整理や修理、蔵書数の把握やリスト作りなどの本に関する雑務をこなしていた。

「ごめんなさい。私も出ます」
「そうですか──ところで姫様、あたくし姫様におススメしたい本があるのですが」
「…おススメしたい本?」

私は司書の言葉に驚いた。

だって今までそんな事を云われた事が一度もなかったから。

「えぇ。最近の姫様を見ていたら是非おススメしたくなりまして…如何ですか?」
「おススメしてくれるなら是非読んでみたいわ」
「さようですか。では少々お待ちくださいね」

ニッコリ微笑みながら司書はいくつも立ち並ぶ本棚をぬってあっという間に姿が見えなくなった。

(急にどうしたのかしら)

司書の突然の申し出に戸惑いつつも、長年この書庫室に勤める彼女のおススメの本とはどんなものなのか少し興味があった。


「お待たせいたしました」

数分後、司書は一冊の本を携えて私の元に戻って来た。

司書から手渡された本を見て何故か不思議な気持ちになった。

(…この本は)

其れはとても古い装丁の児童書らしい。

パラパラと数ページめくってみるとイラストが多く、書かれている文字も大きく優しい事から児童書というよりも絵本に近い感じだった。

しかし

(何、この文字は)

其の本に書かれている文字を見て私は戸惑った。

其れはこの国の公用語ではなかった。

「ねぇ、この文字は何処の国のもの?」
「其れは読んでのお愉しみでございます」
「え?いえ、私には読めない文字で…」
「姫様なら読めます」
「…」

意味深に微笑みながら的を得ない返しをする司書に(こんな人だったかしら)と少しだけ違和感を感じた。

けれど其れは暗に私に知らない文字の勉強を勧めているのだろうか、と思うと妙に納得した。

(【Schwarz Mythos】…どう読むのかしら?)

司書から渡された本のタイトルを見ながら思いを巡らせていく。

この国の言語ではない言葉のタイトルだからどう読むのか、どういう意味なのか皆目見当がつかなかった。

(フェル……は、解らないだろうな)

言葉の意味を誰かに教えてもらおうと考えながら部屋へ向かう廊下を歩いていると

『もうずっと…お慕いしておりました』

(ん?)

何処からともなく聞こえた声に気が付き思わず足が止まった。

しばらく其の場に立ち止まり、辺りを注意深く探っていると少し先にある部屋のドアが細く開いていて、どうやら其処から中で話している声が漏れている様だった。

『よくよく考えてみたのです…』

(女の人の声?)

別に聞こうと思って訊いている訳ではなかった。

ただ自分の部屋へ帰るために其の部屋の前を通る──という状況の途中で起きた防ぎようのない事態なのだ。

『どうしてあの夜…お誘いをお断りしてしまったのか。其れはわたくしに意気地がなかったからですわ』

(えーっと…なんだか子どもが訊いてはいけない内容っぽい)

バツが悪くなった私は仕方がないと思いつつ、踵を返して元来た道を引き返そうとした。

だけど

『でも今は違います!わたくしはちゃんとイグナーツ様のお気持ちを受け入れる覚悟が出来ました』

(えっ!)

去り際に聞こえたよく知った名前に再び足が止まった。

(今、イグナーツって…)

其の瞬間、ドクンと胸に奇妙な動揺が芽生えたのだった。

Schwarz Mythos
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