部屋に着いてからも茫然とした気持ちが私の中に燻っていた。 


『最近来ないんだな』
『書庫室。前はよく来ていたと訊いた』

(其れって…私の存在を気にしているという…事よね?)

気にしているから多分司書にでも訊いたのだろう。

『俺がいるから遠慮しているのか』
『…ふぅん、ならいいけど』

(其れって…ザシャルがいる間にも行っていいって…事よね?)

わざわざそう云ってくれるという事はそうなのだろうと…

(思っていいの?)

確かに少しだけ書庫室に行くのを控えていた。

書庫室がザシャルのお気に入りの場所だと何となく知ってからは行く事が憚れ、行くとしてもザシャルがいない時を見計らって行っていたから。

(そんなザシャルが…私の事を)

少し前まで拒絶の態度を取られていた身としては其の変化が嬉しいと思ってしまう。

(ザシャル…)


この感情はなんだろう──?


お父様やお母様。

親しい侍女たち。

仲の良い幼馴染み。

少し見直した従兄妹。

其の誰とも違う感情が私の中に芽生えた。

(あ…でも)

訳の解らない感情を抱いたのはザシャルだけではなかった。

もうひとり──

『アメリア、眠れないんだろう?おれが傍についててやっから寝ろよ』

(ノワール)

不思議な少年、ノワール。

彼の事もザシャル同様、今まで名前を付けられていた感情とは違うものを抱いている。

(…なんだか私、おかしい)

其の感情の名前を知るには私は幼過ぎたのだった。



ギィィィ

いつもと同じように耳に劈(ツンザ)く金切り音に一瞬顔をしかめて静寂の中に足を踏み入れる。

独特の匂いと雰囲気を放っている室内にコツコツと私が歩く音が響く。

そして

(…いた)

いつもの窓辺に数冊の本を並べて其の場に静かに溶け込んでいる人に目を止める。

「──ん?」

やがて彼は私の気配に気が付き、視線を落としていた本から目を上げた。

「こ…こんにちは、ザシャル」
「…あぁ」

短い応対だったけれど、其処に以前まで感じていた刺々しさや冷たさはなかった。

其れにホッとした私は少し離れた席に腰を下ろし、来る途中で選んで持って来た本に目を通した。

静かな空間にページを捲る音だけが響いていた。

後は入り口近くのカウンターにいる年配の司書がペンを走らせる音が時折聞こえるだけ。

そんな静寂が心地よいと感じながら物思いに耽っていた私はふと本に影が差しているのに気が付いた。

「え…」

そして直ぐ近くで感じた熱の存在にドキッと身を強張らせた。

「…何読んでいるの」
「~~~っ」

私の直ぐ傍に立っていた熱の正体はザシャルだった。

其の突然の行動に私は一気に頭の中が真っ白になった。

だけどそんな私を特に気にも留めずにザシャルは私の読んでいた本の中身を目で追っていた。

「へぇ…古典文学か。あんた本当子どもらしくないな」
「!」
「子どもらしく童話とか絵本とか読まないのか」
「そ…そういった児童文学はもう読み終えました!……ので」

思わず強い口調で受け答えしてしまった。

(あ…っ)

何をムキになって否定しているのだろう。

きっとザシャルの事だから私のこんな態度には不機嫌になるに違いない──そう思って焦っていると

「…そうか」
「!」

今まで見た事のない様な柔和な笑顔と共に続く柔らかな言葉。

「でもあんた、子どもなんだから。変に背伸びしなくていい」
「…」

其れだけを云ってザシャルは元いた場所で再び本を読み始めた。

(…な、なんだったの)

今の数分のやり取りは何だろうと思った。

Schwarz Mythos
★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチずついただけると執筆の糧になります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村