「は?なんだって?」
「だから…この樹を伝って私の部屋に入り込める?って訊いているの」

日課になっていた乗馬の稽古を終えて馬場から城内に帰る道すがら、私はフェルに何気なく訊いてみた。

私が指さす処にある細い樹の天辺あたりに私の部屋のバルコニーの手すりがあった。

「なんだよ突然。えーっと…この樹を登って…バルコニーに飛び移るって事?」
「そう」

フェルはパンパンと樹の幹を叩いて強度を確かめている様な仕草をする。

「あ~登ろうと思えば登れるけど…枝が細いから人間の重さを支える事は出来ないんじゃないかな」
「子どもでも?」
「え」
「子どもの体重でも支えられない?」
「…どうしたんだよ、アーリァ」
「ぁ…」

私はムキになってフェルに問い質した事にハッとした。

「なんだよ、何かあったのか?」
「…ううん、別に」

徐々に薄れて行くノワールとの出来事にどうしても引っかかる事があって其れを解決したいと思った。

(あの夜ノワールはどうやって私の部屋まで来たのかしら)

ノワールがどうやって私の部屋のバルコニーに来たのか気になる。

第一、城に住む者以外、城の中に入る事すら難しい。

城門には来訪者を迎える警備小屋があるし、門番の目を欺いて掻い潜るなんて事は不可能だと思う。

そんな厳重な警備の中、ノワールはどうやってバルコニーまで来たのか。

(…やっぱり不思議な子)

私は樹を見つめながらぼんやりとしてしまった。

「其れよりさ、来週のおれの誕生日、家でパーティやるっていってんだけどアーリァ今年も来るか?」
「…あぁ、そういえばもうすぐフェルの誕生日だったわね」

フェルは私が生まれた1週間後に産まれた。

もう少し早く産まれれば一緒の誕生日だったのになとよくフェルが云っていたのを可笑しく訊いていた。

(同じ誕生日…か)

其のキーワードと共に思い出されるのがザシャルだった。


『確かに今日は俺の誕生日だ。あんたも同じ日が誕生日だと知って驚いたけど、別にそんなに珍しい事じゃないし、この歳になって誕生日を祝って欲しいって駄々を捏ねる子どもでもない』


(ザシャルとは同じ誕生日なんだ)

ノワールの事ですっかり陰に潜んでしまっていたけれど、ふとした瞬間にザシャルの事を思い出すとやっぱりキュッと胸の奥が痛んだのだった。

(あぁ…また。ザシャルの事を考えると胸が…)

「アーリァ?どうした」
「! あっ、な、何でもない」

フェルに顔を覗き込まれてドキッとして思わず顔を背けてしまった。

「…本当アーリァ、変わったな」
「え」

呟く様に放たれたフェルの言葉が耳に纏わりついた。

「なんかさ、イグナーツやザシャルが来てから…感情豊かになった」
「…」
「ちょっと前までは出来過ぎる優等生って感じで堅~いイメージだったけど…あ、勿論其れは其れで凛としててよかったんだけど」
「…」
「なんか…今のアーリァ、すっごくいいと思う」
「…フェル」

其れは自分ではよく解らなかった事だった。

今までの自分が周りからどう見られていたなんて気にした事もなくて、ただ私は王位継承者としての振る舞いや行いを常日頃から気をつけなくてはいけないのだと思うばかりで…

(出来過ぎる優等生…堅い…かぁ)

長く傍で私を見て来たフェルがそんな風に云うという事は私は以前とは変わったのだろう。

(確かに…初めての事が沢山あった)

イグナーツとザシャルが来てから、私は色んな初めてを体験した。

初めて知った事は沢山あって…

特に【負の感情】というのを知った時は衝撃を受けた。

(ザシャルに対して嫌いだという感情を抱いた時から私は変わって行った)

思い起こせば何かの転換になるきっかけは全てザシャルから始まっている様な気がしたのだった。





「あっ」
「? あぁ、あんたか」

フェルと別れ、部屋に向かっている途中で先刻まで考えていた人とばったり出逢った。

其の姿を見た瞬間、体がカァと熱くなるのを感じた。

(な、なんでこんな…)

初めての戸惑いにどうしていいのか解らず私はそそくさとザシャルの横を抜けて行こうとした。

「最近来ないんだな」
「えっ」

すれ違いざまに放たれた言葉に思わず足が止まった。

おずおずとザシャルの方を振り返ると

「書庫室。前はよく来ていたと訊いた」
「…」
「俺がいるから遠慮しているのか」
「…違い、ます」
「ふぅん、ならいいけど」

其れだけを云うとザシャルはスタスタと行ってしまった。

「…」

ザシャルの後姿を見つめながら私はただ茫然と其の場に立ち尽くしていたのだった。

Schwarz Mythos
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