初めての乗馬教室を終え、私は部屋に帰るために中庭を通っていた。

隣には先刻まで触っていた馬について熱く語るフェルがいた。

「馬の知能ってすっげぇ高いんだぜ?馬に慣れていない奴が乗るとからかって振り落とそうとしたりするんだって」
「振り落とすって…からかいの内に入るの?」
「でも、反対に一度愛情を感じた乗り手の顔はずっと忘れない忠義ものなんだってさ」
「…動物って純粋よね」
「え」
「ほら…いつだったかフェルが仔犬を拾ったと云って私に見せに来てくれた事があるじゃない?」
「…なんだよ、随分昔の事なのに覚えているのか」
「覚えているわよ。だってあの子…」
「…」

少し顔を歪ませたフェルを見て私はハッとした。

フェルにとっては思い出したくない出来事だったのかも知れない。

ううん、思い出したくないのだ。



あれは5年ほど前。

私たちが5歳の時、フェルが仔犬を拾ったと云ってこっそり私に見せに来てくれた。

ちいさくて茶色の毛並みがふかふかで尻尾はくるんと巻いていた。

でもフェルの家では既に大きな犬を沢山飼っていて、両親からちいさな仔犬を飼う事を躊躇われた。

仕方がなくフェルは城の庭の片隅でこっそり仔犬を飼いたいと私に云ったのだ。

私は特に思う事無く安易に承諾して、其れから毎日のように時間があればフェルと共に仔犬を見に行った。

其の仔犬は何故かフェルから与えられるご飯しか食べず、フェルが城に来れない時は私がご飯をあげていたのだけれど其れを絶対に食べようとしなかった。

そんな仔犬との触れ合いが二ヶ月ほど経ち、其の頃になってようやく私の与えるご飯も少しずつ食べてくれるようになった頃、お父様が外交のお仕事で他国に出かける機会があり私も其れに付き添って半月ほど城を留守にしていた時があった。

しかし──城に帰った時にはもう仔犬はいつもの場所にいなかった。

フェルに其の事を尋ねると、フェルは突然泣き出して「死んだ」とたったひと言吐き出した。

後になって知った事だけれど、私が城にいなかった頃、フェルはウィルス性の病にかかり二週間ほど外出する事が出来なかったそうだ。

フェルは仔犬にご飯を上げる様に侍女にお願いしたそうだけれど、仔犬は其の侍女からのご飯を食べなかった。

フェルか、もしくは私からでしか──仔犬は食事を摂らなかったのだ。

フェルがやっと外に出られるようになり、真っ先に仔犬の元に行った時にはもう仔犬は息絶えていた。

ちいさな体は更に小さく細くなっていて、其れは其れは可哀想だったと──フェルは大きな声で泣きながら私に語った。

其の時の私は何故仔犬はお腹が空いているのにご飯を食べなかったのだろう?

食べなければ死んでしまうという事が解らなかったのだろうか?

そんな疑問ばかりを考えてフェルと同じ様に泣く事が出来なかった。


(…だけど今なら解る気がする)


フェルと仔犬の間にはある種の愛情が存在していたのだ。

仔犬にとってフェルは信頼して、安心出来る唯一の人間だったのだ。


「…あの」

黙ってしまったフェルに申し訳ない気持ちが湧き、謝ろうと口を開くと

「おれ……もう絶対死なせない」
「…え」

夕日の逆光でフェルの顔が一瞬見えなかった。

「あの時護れなかった命の事は生涯忘れる事はない」
「…」
「あいつが死んでから…命を預かる事や護る事が怖いとずっと思っていた」
「…」
「──だけど…今は何が何でも護りたいって思うもの、出来たから」
「…」

其れは何──?と訊きたかった。

だけど何故か訊いてはいけない様な気がして私はただ

「…そう」

と相槌を打つだけだった。

ふと思い出した。

フェルがこの城に騎士見習いで来た日の事を。


『おれ、勉強はからっきしだけど力だったら誰にも負けない!だったらこの力を使ってアーリァを護ってやろうと思ってさ』

『おう、任せておけ!アーリァの事はおれが護ってやっから』


あの言葉が心からのものだとしたら…

(先刻のフェルの言葉が誰に向けられたものか解ってしまう)

そう気が付いた瞬間、トクンと胸が鳴った。

今までフェルに対して感じた事がなかった感情がポツポツと湧いて来て、じんわりと心に染みを作っていったのだった。

Schwarz Mythos
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