アーケードを潜り抜けた其処には私の知らない世界が広がっていた。

「いらっしゃいらっしゃい、今日獲れたばかりの新鮮な魚だよ!」
「ちょいと其処の人、いいから見ていきな、損はさせないぜ」
「この品物は遥かアナトリから持ち込まれた美肌クリームだよ。本日限定でお安くしておくからほらほら、手に取っておくれよ」

「…」

大勢の人々が道を隔てて立ち並ぶ幾つものお店に群がっていた。

「…凄い人…今日はお祭りなの?」

何気なく口に出た私の言葉に「いいや」とイグナーツが答えた。

「毎日こんなものだよ。ノーティアは貿易国家だろう?人も品物も此処一点に集まるから商人はこぞって此処で商売をしたがるし、民は此処で買い物をしたがる」
「…」

其れは勉強で習って知っていた事だった。

でも本の中に書いてある事を実際に目の当たりにすると文章として学んだだけとは違う感覚があった。

「アーリァ、はぐれるなよ」
「…うん」

私の隣でフェルが人混みを掻き分けながら通り易くしてくれる。

其のお蔭で歩きにくいという事はなかった。


『ピヨピヨ』

(え)

耳に届いた鳴き声に不意に足が止まった。

(…何の声?)

辺りをキョロキョロしていると、少しだけ人の少ない場所に黄色くてフワフワした塊が動いているのが見えた。

つい興味を惹かれ、私は其処目指して近づいて行った。

「いらっしゃい」

其処にはちいさなおばあさんが座っていて、其の前に置かれている箱の中には図鑑で観た事があった生き物が沢山入っていた。

「これは…ひよこ?」
「おや、お嬢ちゃん、ひよこを見たのは初めてかい?」
「えぇ…図鑑では観た事があったけれど本物は初めて見ます」
「おやまぁ、ちいさいのにしっかりとした喋り方だねぇ。お大臣様の娘さんか何かかい?」
「…」

身分に関する質問は答えてはいけないとイグナーツからきつく云われていたので曖昧に聞き逃した。

「お嬢様相手に商売は出来ないねぇ」
「…このひよこは売り物なのですか」
「あぁ、そうだよ」
「此処はペットのお店なんですね」
「は?あはははっ、ひよこがペット?面白い事を云うお嬢ちゃんだねぇ」
「違うんですか?」
「違う違う。これはみんな食用だよ。育てて大きくなったら食べるんだよ」
「え」

おばあさんから放たれた言葉に頭が真っ白になった。

「ひよこはニワトリになって、そして鶏肉としてお嬢ちゃんの口にも入る食材になるんだよ」
「…」

目の前でピヨピヨ鳴いている黄色くてふわふわしている愛らしいものがいずれは食用になる。

(…其れはつまり)

このひよこは人に食べられるために大きくなり殺されるという事なのだ。

(……)

其れは以前学んだ事があったかも知れない食物連鎖の話だ。

だけど其れは本を読んで頭で理解して学んだ気になっていただけかも知れない。

実際本物を目の当たりにして私は今までに経験した事がない程の動揺を感じていた。


「──こんな処にいた」
「!」

不意に後ろから声を掛けられドキッとした。

振り返ると其処にはザシャルがいた。

「勝手にはぐれるなよ。第3王子と小僧が探していたよ」
「…」

ザシャルはイグナーツの事を『第3王子』フェルの事を『小僧』と呼んでいた。

其れは勿論本人のいない処で呼ばれる内緒の呼び方だった。

「ほら、行くよ。手間かけさせるんじゃない」
「…」

ザシャルの態度が素のものになっていた事にもはや驚きはない。

だって今の私は其れ以上に驚く事が胸に去来していたのだから。

Schwarz Mythos
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