突然イグナーツが云い出した城外への社会見学。

私は全く気が進まなかったけれど、お父様は赦してはくれないだろうという思惑があったのでイグナーツと共にお父様にお願いをしに行った時は案外気が楽だった。

しかし

予想に反してお父様はあっさりと『イグナーツが一緒ならばよい。後ザシャル王子とフェルディナントも同行させなさい。ふたりにはアメリアから話をする事──いいね』

そんな言葉が出たから大層驚いてしまった。

何故?

どうして?

という気持ちが大きくて訳が解らないままいつの間にか社会見学に行く事が決定してしまっていた。



「は…ザシャル王子でございますか?」
「えぇ、部屋に居なかったから」

先に気が楽なフェルを誘い快く了承をもらえた事を弾みにして、今ひとつよく解らないザシャル王子の元に向かった。

しかし彼は部屋にはいなかった。

ザシャル王子付きの執事に行方を訊くと「もしかしたら書庫室かも知れません」という情報をもらった。

(…書庫室か)

歴史の先生なら行きそうな場所だと思った。


ノーティア国の書庫室は其れなりの蔵書数を誇る城内では広い部類に入る部屋を占有していた。

物心ついた時から私も片っ端にありとあらゆるジャンルの蔵書を読み漁ったけれど、全ての本を読み終えるにはどんなに長生きをしても無理なんじゃないかと思うほどだった。


ギィィィ

本の保存のために最適な環境を考慮して地下に置かれている書庫室。

地上の空気とは違った雰囲気がそこかしこに漂っていた。

滅多に人が来ない場所なので集中して本を読むには最適な場所だった。


コツコツコツ


私の足音だけがちいさく響く。

其れを聞きながら私はザシャル王子を探して広大な書庫室内を歩き回っていた。

すると

(……あ)

嵌め殺しの窓枠に腰掛けてパラパラと本を捲るザシャル王子の姿があった。

「…ザシャル王子」
「!」

傍に近づきながらちいさく声を掛けると、ハッと動揺した仕草と共に「痛っ」とちいさく呻く声が聞こえた。

「どうされました」
「…」

顔をしかめてザシャル王子は右手の指を左手で押さえていた。

「…ザシャル王子」
「なんでもない──です。気にしないでください」
「気になります。右指、どうされました」
「別に。ただ紙の端で指を切っただけです」
「其れは…切り傷」
「…姫の呼び掛けに俺が勝手に驚いただけですので──お気になさらず」
「…」

やがて左手が放され現れた右手の人差し指の側面に赤い筋が見えた。

(血が、出ている)

其れを見た瞬間、私は殆ど無意識に王子の指を取りペロッと舐めた。

「?! なっ」
「切り傷は舐めると治るそうですよ」
「~~~な、なっ…」

一瞬にして顔を赤らめたザシャル王子が私が掴んでいた右手を勢いよく振り払った。

「あんた、馬鹿だろう!」
「…」

(『あんた』…って私の事?)

いきなり訊いた事もない呼び名や粗暴な言葉遣い、そして態度がガラッと変わったザシャル王子に私はただきょとんとするしかなかった。

Schwarz Mythos
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