其の日は春の陽気が心地良い雲ひとつない晴天だった。

既に産み月を迎えていた妃が朝方から産気づき、身を引き裂かれる様な痛みに耐えてから10時間ほどして──


『ホギャァァ、ホギャァァ』

まるで軽やかな鈴の音の如く響く泣き声が城中を包んだ。


「産まれたのか!」

バルダーニは産室隣の控えの間の扉の前で大きく叫んだ。

声を発した其の数十分後、扉は静かに開かれた。

「バルダーニ王、おめでとうございます。とても可愛らしい姫君の誕生でございます」
「!」

顔を覗かせた産婆は笑顔でそう報告した。

しかし喜ぶ産婆とは裏腹に、其の言葉に絶望しているバルダーニが其の場に立ち竦んでいた。


「さあさあ、お顔を見てやってください。メナム様によく似た其れは其れは大変麗しい姫君で」
「…」

バルダーニはゆっくりと歩を進め、疲れ果て横たわる妃の元に辿り着いた。


「…あなた」

赤く浮腫んだ顔のメナムが泣いていた。

「メナム」
「申し訳ありません…男の子を…世継ぎとなる男の子を産む事が出来ずに…申し訳ありません」
「…」


ノーティア国とは正反対の北に位置するヴォーリア国から嫁いだ箱入り姫のメナム。

両国の一層の同盟力を強めるための政略結婚だったが、バルダーニは見目麗しいメナムを初めて見た時から気に入った。

メナムもバルダーニの外見の良さと其れに見合う性格の良さに心惹かれ、ふたりは相思相愛の仲となりごく自然な流れで婚姻に至った。

そんな愛おしい妃が長年子どもを身籠る事無く見知らぬ土地で過ごして来た年月の長さを思ったら胸が張り裂ける程に苦しかった。

周りの者も口にこそ出さなかったが、世継ぎも産めない妃への風当たりが全くなかったとは云い難かった。

そんな逆境の中、決死の思いで妊娠、出産を無事果たしたというのに、この妃は産んでも尚悩まされる事になるのか──そう思うとバルダーニは己の不甲斐なさに辟易した。


「メナム」
「うっ…うぅ…」
「其の涙は嬉し涙か?おれも嬉しくて涙が出そうだ」
「! あ、あな…た」
「よくぞ産んでくれた。こんなにも可愛い姫を…おれと君の愛の結晶の愛おしい娘を」
「~~~あ…あなた…」

妃の横に寝かされていた我が子を恐る恐る抱き上げたバルダーニは先刻まで感じていた暗い気持ちがフッと浄化するのを感じた。

(おれとメナムの娘)

ちいさくて柔らかいのにズシッと重みを感じた。

其れは命の重み。

かけがえのないこの世で唯一無二の存在の誕生に男だとか女だとか、そんな些少な事などどうでもよくなった。

「わが娘よ。そなたの名は──アメリア。神のご加護によって愛される者という意味だ」
「アメリア…素敵な名前です」

ようやく涙が止まったメナムはバルダーニと抱かれている娘・アメリアを優しい眼差しで見上げていた。

「アメリア、そなたはこの父が全身全霊をもって護ってみせる。決して傷つく事なく、泣かぬように大切にして行く」


こうしてノーティア国第18代国王・バルダーニの元に生まれた第1王女・アメリア。

この後妃が子を身籠る事がなかったためにバルダーニは着々と進めていた大掛かりな法改正を数年かけて実現させた。

其れは王家に世継ぎとなる男子がいなかった場合、女子が女王として国を治める事が出来るという建国以来あり得なかった王家間全てが反転する法改正だった。

今まで世継ぎの男子がいなかった時代はなかった。

正妃に世継ぎが生まれなければ側室が生んでいた男子が王になっていた。

しかしバルダーニの代になって脈々と受け継がれて来た慣習が途切れる事になる。

だからバルダーニは妃と娘を護るために大掛かりな法改正を行ったのだった。


こうしてノーティア国第1王女・アメリアは正式にノーティア国第19代国王の継承権を得た。

これにより建国史上初めての女王誕生が締結された。



──しかし其れは同時にバルダーニ王が夢の中の謎の者との約束を違(タガ)えた瞬間でもあった


(あれはただの夢だ)


そう頑なに信じるバルダーニは一旦夢の事を忘れる事となる。

Schwarz Mythos
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