東藤さんがどんな小説を書いているのかとても気になった。

其の気持ちは純粋に東藤さんが書いたものを知りたいと──ただ其れだけの気持ちで、他に込める気持ちはなかった。


「そうねぇ……んー…うん、いいわ、教えてあげる」
「本当ですか?!」
「えぇ。ただし先生には内緒よ」
「勿論です!」
「わたしが教えたって事もよ」
「約束します!」

(やったー!)

蘭さんが「ちょっと待ってて、本を取って来るから」と云って、リビングから出て行ったのをワクワクしながら見つめた。

(嬉しいなぁ)

この喜びようはなんだろうと思った。

ただ身近な知っている人が書いた小説が読めるというだけの事に、どうしてこんなに心が湧きたっているのか解らない。

(東藤さんってどんな小説を書くんだろう)

あれこれ想像していると、蘭さんがリビングに戻って来た。

「お待たせ。はい、これよ」
「!」

手渡された本を見て何ともいえない気持ちが湧いた。

其の本の表紙は真っ青な一面の空で、其の空の下の方に少しだけ山の頂の三角が見える風景写真だった。

其の余りにもシンプルな表紙に面喰い、そして表紙の右端にちいさく縦書きの【頂きの果てに】という作品名と、左端に著者名であろう【隆成 然】という印字がされていた。

「たか…なり…ぜん?」

思わず著者名を口に出すと

「そう、たかなりぜんというペンネームで、山の話を書いているの」
「山…?」

其れは少し意外な気がした。

ただペンネームに本名の一字である【隆】がある事だけが東藤さんなのかなと思わせた。

「其の本は山の話だけれど、他にも湖の話だったり高原の話だったり…兎に角自然を扱った作品が多いのよ」
「あ、他にもいくつか出されているんですね」
「まぁね、でも先生曰く、全然売れていないって」
「…」

其の時不意に飲み会の時に東藤さんが呟いた言葉を思い出した。


『…売れない物書きをしています』


(なるほど…謙遜じゃなかったんだ)

確かに万人受けする娯楽小説とは違うようだ。

手にした本をパラパラとめくって見ただけでも細かい字が二段に渡ってビッシリ書かれていて、難しい用語も多そうな感じだった。

「よかったらあげよっか?其れ」
「え、いいんですか?」
「いいのいいの。先生の本だって事で買ったはいいけど難し過ぎて全然解らなくてね。此処だけの話、最後まで読んでいないのよね~」
「えぇ、勿体ない」
「だってぇ…ぶっちゃけつまらないわよ?其れ」

(そんな身もふたもない云い方)

まぁ、私も東藤さんの本じゃ無ければ手に取らないかも知れない感じの作品だ。

蘭さんの云う事をムキになって否定する言葉は出てこない。

「きっと先生、こーんなつまらない本を書いているのが恥ずかしいから美野里ちゃんには内緒にしていたんじゃないかしら」
「…そう、なんですかね」

(恥ずかしがるなんて事、全然ないのに)

自分の書きたいものをしっかり持っていて、一冊の本にしている事自体凄いのに──と素人の私は単純にそう思ってしまうのだけれど。

「眠れない夜には役に立つと思うわよ、其の本」
「もう、蘭さんったら」

軽口を叩く蘭さんに合わせて私も浅い笑いをするけれど、心の中では密かにこの本の世界観を早く知りたいと思っていた。

(東藤さんが書きたいと思って書いた世界って…どんなだろう)

其れからの私は蘭さんと話していても気持ちの半分は手にある本に意識を持っていかれていたのだった。

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