朝の予鈴が鳴るまであと10分。

朝練をしていた各部活の部員がゾロゾロと武道館から出て来た。

(わっ、体から湯気が出てる)

部室に向かう何人かはまだ寒い外気に晒された体からほんのりと白いものが漂っていた。

朝練だというのに物凄い練習が繰り広げられていた。

私はこっそりと少し高い位置にある小窓から覗いていたから体を支えていた指が少し痛んだ。

「先輩」
「!」

ほんの少しだけ指を擦っていた其の時、いきなり目の前に小ノ澤くんが立っていた。

「あっ…あの、おは、おはよう!」
「おはようございます──もしかして其処の小窓から練習見ていたんですか?」
「あ…うん…見てもいいって云ったから…其の」

小ノ澤くんの体からも少し湯気が立っていた。

ほんのり汗の匂いが鼻についた。

(あぁ…なんだかいい匂い)

イメージにある汗臭いというものではない、少し香ばしい感じの匂いについ意識が持って行かれそうになった。

「どうせ観るなら中で観てください」
「え」
「中で普通に見学していますよ」
「でも…邪魔じゃない?」
「邪魔?見られる事で気が散る様なら試合の時はどうなるんですかね」
「あ…」
「己の集中力を鍛えるためにも間近で見てもらえるの、いいんですけど」
「そ、そうなんだね…うん、じゃあお言葉に甘えて…今度からは中で観せてもらうね」
「はい」

ニッコリ笑ってくれた其の笑顔に心が躍って仕方がなかった。

(はぅぅぅ~勇気を出してよかった!)

今までした事もなかった行動力を頑張って発揮してみた。

例え実る事がないかも知れない恋だけれど、今までの様に何もしないままで諦めたくはなかったから──

「あ、そうだ──あの、よかったらこれ」

私は置いてあった手提げから包みを取り出し小ノ澤くんに渡した。

「何ですか?」
「あの…おにぎり、です」
「…」
「練習でお腹空くかなと思って…ほ、本当はお弁当にしようかなと思ったけど、いきなり其れは迷惑かなと思って…」
「…」
「おにぎりだったらもし受け取ってもらえなくても自分で食べられるし…あの…だから」
「ありがとうございます」
「え」

いきなり小ノ澤くんの顔が私の目の前にあった。

(?! なっ)

小ノ澤くんは私の前で屈んで、そして目線を合わせて私にお礼の言葉を云った。

「嬉しいです。いただきます」
「あ…あっ…」
「腹、空くんですよ、本当。俺この学校に来てから一番行っている場所、購買部だから」
「あ…っ、そ、そう、なんだぁ」
「だから──嬉しいです」
「~~~」

頭の中が真っ白だ。

いつも見上げていた顔がこんなに近くにあるのを見て、ツンッと鼻の奥が痛くなってもしかして鼻血が出てしまうんじゃないかという厭な予感がした。


キーンコーンカーン

「!」

予鈴のチャイムの音でハッと我に返った。

其の時はもう小ノ澤くんは立ちあがっていて、また其の顔は遥か高くにあった。

「先輩、授業遅れますよ」
「お、小ノ澤くんだって…早く着替えないと」

私たちは部室までの渡り廊下を小走りで歩きながら話し続けた。

「先輩」
「ん?」
「昼、一緒に食べませんか?」
「!」

いきなり聞こえた言葉に驚き、思わず足がもつれて転びそうになった。

「危ない」
「あっ」

転ぶ寸での処を素早く抱き止められ事なきを得たけれど

(腕…!お、小ノ澤くんの腕が…私の腰…お腹にっ)

「大丈夫ですか?」
「あ…あっ、うん…ありがとう」

ドッドッと高鳴る胸が痛いくらいだった。

「昼、ダメですか?」
「ダ…ダメなんかじゃない!あの…」
「じゃあ学食の入り口で待っています」
「あ…」

そう云って小ノ澤くんは部室に入って行った。

しばらく茫然と其の部室の扉を見つめていたけれど、通りがかった顧問の先生から「授業が始まるぞー教室に急げー」という声を掛けられハッと我に返り、反射的に教室に向かって小走りに進んでいた。

(な…なんだったんだろう…今のは)

この数分の間に起こった出来事を何度も反芻しては顔に熱が集まった。

少しだけ勇気を出した。

(…少しだけ?)

ううん、凄く…物凄く勇気を出して私は行動した。

自分が後悔しないためにちっぽけなプライドと羞恥心をかなぐり捨てて起こした行動は、私に思いがけない幸せをもたしてくれた。

(嬉しい!嬉しいよー)

足に羽が生えているんじゃないかと思うほどに教室に向かう私の足取りは軽やかだった。

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