ガタンガタンとバス特有の心地いい振動が体を緩く揺さぶっている。

「いいんじゃない?」
「え」

二人掛けのシートの通路側に座っていた冴ちゃんが私に云った。

「彼…小ノ澤くん。多分今までとは違うと思う」
「え…其れってどういう処でそう思うの?」

小ノ澤くんと別れて、其のまま少しだけ柔道部を覗いていた私と冴ちゃんだったけれど、冴ちゃんの姿をみつけた他の柔道部員や剣道部員たちが騒めき始め、なんだか練習にならなくなったので私たちは慌てて其の場を後にしたのだった。

「だってわたし、名前訊かれなかった」
「其れって冴ちゃんの美貌に見惚れてしまって訊くのを忘れちゃったパターンじゃない?」

残念ながらそういうパターンは今までに何度もあった。

「違うと思う」
「だって小ノ澤くん、冴ちゃんに声掛けられた途端に赤くなったよ」
「其れはまあね、わたしに声を掛けられて動揺しない男はいないから」
「うわぁ~厭な自信~~」
「でもあれは反射的なものよ。だってちぃが喋り始めた途端、彼、ちぃの事しか見ていなかったもの」
「え」
「わたし、ちゃんと観察していたから解るの」
「…」

冴ちゃんの言葉にドキッとした。

(そ、そうだっけ…?)

私は周りの状況を観察する程冷静ではなかった。

ただ小ノ澤くんの目、表情を見るのに精いっぱいで──

(………あっ)

「気が付いた?」
「……」

(そ、そうだ…そう、だった…)

冴ちゃんの云った事は正しかった。

だって私はずっと小ノ澤くんの目を見て話していた。

其の小ノ澤くんの視線はずっと私に注がれていた。

つまり其れは小ノ澤くんは一度も冴ちゃんの事を見ていなかったという事になる。

(いつもとは…違っていた)

其れは今まででは考えられない反応だった。

いつも男の子は私と話しているのに何故か其の視線は私じゃなく冴ちゃんに向いていた。

「~~~」
「悔しいけど、ちぃが頑張る価値はある…かな」
「冴ちゃん…」

冴ちゃんの言葉がとても力強く私の心の中に響いた。

(私…頑張ってみてもいいの?)

そっとそう思うだけでとても勇気が湧いたのだった。






「こんばんは」
「あれあれ、ちとせちゃんじゃないかね。どうしたの」

冴ちゃんと別れてから私は武流くんの家に寄った。

私の訪問の挨拶におばあちゃんはいつも通りの声色でリビングから出て来てくれた。

「おばあちゃん、元気?体、何処も悪くしていない?」
「なんだい、いきなり。見ての通りいつも通りだけども」
「そう、ならよかった」
「なんだい、気になるね、何かあったのかい」
「ん…大した事じゃないけど、今日武流くん、お弁当を忘れて購買に走って行ったからもしかしておばあちゃん、体を悪くしてお弁当作れなかったのかなと思って」
「は?弁当ならいつも通り作って武流、持って行ったけど」
「え…そうなの?」
「なんだい、早弁でもしたのかねぇ。まぁ、若いからそういう事もあるんだろうけど」
「…」
「ん?どうしたの、ちとせちゃん」
「あ…ううん、何でもないならいいの。ちょっと心配しただけだから」
「悪かったねぇ、気を使わせちゃって。武流も早弁したならちゃんと云えばいいのに、ちとせちゃんには恥ずかしくて云えなかったんかね」
「ははっ、そうかも知れないね──あの、武流くん、もう帰っている?」
「いいや、まだだよ。中に入って待っているかい?」
「ううん、今日は帰るね──じゃあね、おやすみなさい」
「はいはい、おやすみね」

ほんの数分おばあちゃんと会話して私は武流くんの家を後にした。


薄暗くなった家までの道を歩きながら考える。

(武流くん…今日早弁していたかなぁ?)

考えてみるけれど思い当るシーンは浮かばない。

今日一日の事を思い返してみると、武流くんに関してはお弁当の事でおかしいなと思ったけれど、其れでも私の中で一番強く印象にあったのは

(…小ノ澤くん)

彼が私に微笑みかけてくれたあの笑顔だった。

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