定刻通りにやって来たバスに乗り込むと、一瞬車内がざわついて所々からヒソヒソと囁く声が聞こえて来る。

『嘘!藤ヶ丘の王子と姫!』
『きゃぁ~ラッキー!まさか一緒のバスに乗れるなんてっ』
『あぁ…でもやっぱり噂本当なんだぁ…王子は姫と付き合っているって』
『そりゃそうよねー悔しいけど美男美女同士、文句のつけようがないし』

こんな噂話はうんざりする程聞かされていてすっかり慣れていた。

泉水と共に最後尾の席に着き、其れと同時にバスは緩やかに走行し始めた。

バス特有の振動をぼんやりと感じていると

「いい加減辛い」
「は?」

隣の泉水がボソッと呟いた。

「いくらちぃのためとはいえ、今宮とこうやってあらぬ噂を立てられるのは辛い」
「そんなの、僕だって同じだよ。何が哀しくて泉水なんかと」
「…今宮ってもう進路決めた?」
「何、突然」
「だって春には3年じゃない。いい加減方向性ぐらいは決めていないと」
「…僕は」

泉水からこんな話が出るとは思わなかった。

勿論其の言葉をまっすぐ素直に受け取れればいいのだけれど

「フランスに行かないの?行って欲しいんだけど」
「…やっぱりそういう事だよな。おまえが云いそうな事だ」
「行くんでしょう?お父さんいるんだし頭いいんだからあっちの大学とか入れそうじゃん。あぁ、モデルにもなれるんじゃない?顏もいいんだからパリコレとか、本場じゃない」
「だから僕はフランスには行かない。行くもんか」
「頑なだな。適材適所という言葉を知らないの?」
「泉水こそ其れこそ宝塚にでも行けばいいのに。宝塚歌劇団」
「阿呆、宝塚歌劇団の入団は音楽学校の卒業生に限られている。普通科のわたしが行ける訳がない」
「其れこそ阿呆だろう。なんで高校、そっち方面へ行かなかった」
「今更だね。いくらちぃが宝塚好きでもちぃと離れる事なんて考えられないからね」
「…」
「…」

多分今、僕たちは同じ事を考えた。


──あぁ、なんて不毛な恋をしているのだろう、と


「そういえば…先刻、云っていたな」
「何が」
「ちぃが…また恋したとか」
「…そう。なんでも転校して来た1年に一目惚れしたみたい」
「そいつ、背が高くてガタイがいいんだろうな」
「そうらしい」
「本当変わらないな、男の趣味」
「仕方がない。昔から一貫しているんだから、ちぃの男の好みは」
「…だな」

車窓から流れる景色を見ながらはぁとため息をついた。

(昔から変わらない)

僕と泉水が知る限り、ちぃの恋する男はどいつもこいつも似たり寄ったりの男ばかりだ。

惚れた弱みで散々痛い目をみてもちぃは学習する──という事がなかった。

「で?今ちぃは」
「部活やっている姿見たいって云うから置いて来た」
「はぁ?ひとりにするなんて危ないだろう」
「だってわたしが傍にいたらまた──」
「…あぁ…まぁ、そうだよな」

泉水の云わんとすることが解ってしまって納得せざるを得ない。


この季節、陽暮れている時間は随分長くなったけれど、其れでもやがて空は闇に包まれて行った。






「ただいま」
「あぁ、おかえり武流」

リビングのこたつに入ってテレビを観ていた祖母に帰宅の挨拶をした。

「ご飯は?どっかで食べて来たのかい?」
「ううん。何も」
「そうかい、じゃあ用意しようかね」

どっこいっしょと云いながら腰を上げた祖母は少しよろめいた。

「大丈夫?ばあちゃん」
「あぁ、大丈夫大丈夫。まだまだしっかりしているよぉ」
「僕、手伝うよ」
「いいよ、どうせ温めるだけだから」
「そう?」
「そうそう、ほら、着替えておいで」
「うん」

祖母に促され僕は2階の自室に行った。



ドサッ

「はぁ」

思わずベッドにダイブし其のまま少し目を瞑る。

毎日身に起こる事は色々あるけれど、其のどれもが僕を幸せにするものではなかった。

──欲しいものはたったひとつ

欲しい欲しいと願っても、其れを僕は一生手に入れる事が出来ないだろう。

手に入れる事が出来ないと解っていても望む事を止められない。

「…ちぃ」

僕だけのものにして滅茶苦茶に愛して甘やかしたいと思う反面、意地悪く甚振って滅茶苦茶に啼かせたいという相反する気持ちがあって、其のふたつの気持ちが鬩ぎ合っている自分に少し厭気が差し、そして酷い自己嫌悪に落ちるのだった。

secretcrush
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