「…はぁ」

「四回目」
「うんにゃ、五回目じゃ」

「…え」

不意にテーブルを拭く手が止まる。

「どうしたんじゃね、美野里ちゃん」
「今日は元気がないみたいだねぇ」

お店を開けてから一時間。

開店早々いつもの常連客で店内には賑やかな話し声が広がっていた。


東藤さんに朝食を振る舞い、食後にコーヒーを淹れて、他愛のない話を交わしてお店を開ける三十分前に東藤さんは自宅へと戻って行った。

慌ただしく開店準備をしている間は余計な事を考えなくてもよかったけれど、お客さんのおもてなしを済ませ少しの時間が出来るとつい東藤さんの事を考えてしまう。


「どうかしたのかい?」
「悩みがあるなら婆たちに話してみるがえぇ」
「…ありがとうございます。でも大丈夫です、元気ですよ」

心配そうに声を掛けてくれる皆さんに見え見えの空元気ぶりを発揮する。

でもそんな私の態度は勿論皆さんにはバレバレで──

「まぁ、この年頃の娘が悩む事といったら色恋沙汰だわな」
「そうじゃな、早速あぷろーちでも受けているんじゃろう」
「これだけの器量良しじゃ、引く手数多なんだろうさな」
「えぇなぁ、羨ましいなぁ」

「…はは」

見当違いな意見で盛り上がる皆さん。

(…でもあながち間違いじゃないのかな)

色恋沙汰──とまではいかないにしろ、今頭を悩ませているのはそうなるかも知れない人の事。

(いやいや、軽過ぎでしょう、私)

これじゃただ見た目で好きになったと云われる展開になる。

(好き──?いやいやいや!好きじゃないよ!)




……………まだ





(~~って何考えているの!!)

自分自身のノリツッコミで明らかに挙動不審な所作をしていたのだろう。

「あ~今日は此処等でお暇するかねぇ」
「ほうじゃな、美野里ちゃん、あんたちょっと休みなはれ」
「そうだよ、わしらのために店ば開けんでもえぇんじゃから」
「また寄らせてもらうからなぁ」

「えっ…あっ」

皆さん其々飲み終わったカップの横にお代を置いて其のままお店から出て行った。

「…気を、使わせてしまった」

ひとりになった店内に私の呟きだけが響いた。



カチャカチャ

洗い物をしている時でもついため息が出てしまう。

(本当、なんだろう…昨日まではこんな事なかったのに)

歓迎会に行くまではこんなに東藤さんの事を意識していなかった。

だけどたった一夜明けただけでこんなにも気持ちに変化が起こるものなのかと我ながら厭気が差した。

(私の悪い癖だ…よく解らない人の事を…)

大して知りもしない人の事が気になって、其の気になりの気持ちをまんま恋だと錯覚してしまう。

昔からそんな勘違いばかりを繰り返して来た。


(…だからあんな間違えを──)


不意に蘇った苦くて苦しい記憶に一瞬吐き気がした。

「うっ!」

思わずえづいてしまって其の場にしゃがみ込んだ。

「はぁはぁ…ん…はぁ…」

吐き気は直ぐに治まったけれど、気分の悪さはまだ続いていた。

「…」


此処に来れば何かが変わると思った。

今までの私をリセットして、新しい一歩を踏み出せると。

そんな藁にも縋る想いでやって来たというのに──

(何も変わらないじゃない!)

しゃがんだままそんな事を考えていると、カランとお店の扉の鈴の音が鳴った。

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