東藤さんとふたり、自宅に戻って来た私は早速朝食の準備に取り掛かった。

「東藤さん、少し待っててくださいね」
「其れはいいんだが…何故自宅の方に招いてくれたんだ」
「お店の方のキッチンには調理道具や調味料が少なくて…どうせなら使い慣れている自宅の方がいいと思って──あ、もしかしてお店の方が良かったですか?」
「いや、そんな事はない。君がいいなら遠慮なくお邪魔する」
「はい、寛いでいてください」

居間続きにある台所で調理を始めた私は時折東藤さんの様子を見ていた。

(なんか…強引だったかな)

逢って間もない男性を自宅に連れ込む様な軽い女だと思われていないかなどと、今更心配になった。

そんな葛藤をしながら調理を進めていると、不意に視界から東藤さんが見えなくなっている事に気が付いた。

(あれ?)

不思議に思い調理の手を止め居間に向かうと、隣の和室に置かれている仏壇に手を合わせている東藤さんがいた。

(おばあちゃんの)

其の後ろ姿からも真剣に、丁寧に手を合わせてくれている事が窺える姿勢に胸が詰まった。

「──あ」
「!」

しばらくして振り返った東藤さんが私を見てちいさく呟いた。

「すまない。勝手に足を踏み入れてしまって」
「いえ…手を合わせてくださってありがとうございます」
「…久し振りに上がったのでつい懐かしくなってしまって」
「え」

居間に戻った東藤さんが静かに話し出した。

「生前、よく十喜代さんに誘われてこの家にお邪魔していたんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。余程俺の食生活が目に余るものだったんだろうな…今の君みたいに家でご飯を食べて行きなさいと誘われて」
「…」

(おばあちゃんが東藤さんを)

知らなかった事だけれど、何故かそんな話を訊いて、今居る居間の中で祖母と東藤さんが丸い卓袱台を挟んで食事しているシーンが想像出来た。

「あの仏壇には十喜代さんの亡くなった旦那さんが祀られているだろう?だから十喜代さんと一緒になって俺もこの家に来た時には必ず手を合わせていたんだ」
「そうだったんですね」

確かにあの仏壇は私が小学生の時に亡くなった祖父のために揃えたものだった。

「十喜代さんが亡くなって、もうこの家に上がる事はないと思っていたが」
「…」
「この家が孫の君に引き継がれ、こうして縁あってまた上がる事が出来て嬉しく思っているよ」
「っ!」

其れは衝撃──だった。

今、目の前にいる東藤さんは、今まで見た事の無い程の麗しい笑顔を私に向けたから。

(な、何…っ!この破壊力満点の笑顔は!!)

今まで生きて来た中で出会って来た男性やテレビの中の人や雑誌を彩る人など、知っている限りの男性たちの中で群を抜いて今、目の前にいるこの人が最上級の色男だと思ってしまうほどの衝撃だった。

(ダ…ダメだ…こんなイケメンの傍にいたら…)

私は若干よろける足取りでそそくさと台所に戻って行った。


手を止めていた作業を再開してもどうにも胸の動悸が治まらない。

大根を細切りにしながらちいさく息を吐く。

(最初逢った時もイケメンだと思っていたけれど)

此処まで動揺する程に意識はしていなかった。

(まぁ、最初の印象はかなり悪かったからなぁ)

私が淹れたコーヒーに悪態をついた東藤さん。

其の暴言に腹が立ってしまって、いくらイケメンでもときめきはしなかった。

だけど

悪態をついた理由を知り、そして祖母との関わり合いの深さを知れば知る程に私の中で東藤さんに対する気持ちは少しずつ変化して行った。

(あぁ…ダメだよ、美野里)

そんなに簡単に気持ちを持っていかれてはいけないと胸の奥深くが警鐘を鳴らしている。


──あんたはまだ懲りないのか、学習能力がないのか


よく知りもしない男の事を気にするなんて愚かな事だと、何度同じ過ちを繰り返せば解るのか。

「…解っているよ」

ちいさく呟いた言葉は沸騰したお湯の音にかき消されて、私の耳にもろくに伝わりはしなかった。

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