『…りちゃん』 


(…)


『みの…ちゃん』


(…ん)



『みのりちゃん』


(…誰?)


『…忘れないで…みのりちゃん』


(何…を…)


『僕はずっと此処にいるから…此処でずっとみのりちゃんを待っているから』


(───え)


ソレヲイッタノハダレ──ダッタカ



「待って!」

薄れゆく声に気が付けば大きな声を出して叫んでいた。

と、同時に襲われたのは酷い頭痛だった。

「痛っ」
「急に大きな声を出せばそりゃ痛いだろう」
「……へ」

ぼんやりとした意識から一気に覚醒した私の目に飛び込んで来たのは東藤さんだった。

「大丈夫か?気持ち悪くないか」
「……あ、あの…」

この状況が把握出来なくて茫然としている私がいる。

(えぇっと…私…どうしたんだっけ)

一瞬思考が停止してしまって固まっている私に東藤さんは抑えた声色で云った。

「酔ってぶっ倒れた君を俺が連れ帰った」
「…」
「本当は君の家に送ろうと思ったんだが、どうしても家の鍵を渡してくれなくて仕方がなく俺の家に連れて来たんだ」
「…」
「一応云っておくが、何もしていないからな。布団に寝かせたら直ぐに爆睡してしまったのだから」
「…其れって…私が爆睡しなかったら……という事で…」
「は?何を云っているんだ。俺は泥酔した女を襲う趣味はない」
「………って、違う!そ、そうじゃなくてっ」

(そうだよ、私、何を云っているの!)

「何」
「あの…ご迷惑をおかけしました!わ、私…お酒に弱くて…」
「あぁ、驚くほどに弱いな。まさかロングカクテル二杯であそこまで泥酔するとは」
「普段は其処までの量で酔わないんですけど…久しぶりだったから…其の」
「泥酔の件はもういい、其れより」
「…は、はい」
「哀しい夢でも見ていたのか」
「…え」

何故東藤さんがそう云ったのか理解するまで数十秒ほどかかった。

しかし其れが私が泣いている事から導き出された言葉だったと気が付くと、目が覚める間近まで見ていた夢がぼんやりと脳裏を掠めた。

(夢…哀しい夢を…見ていた?)

声だけの夢だった。

なんだかとても懐かしい声だった。

昔よく知った声で呼ばれた名前に胸の奥がキリッと痛んだ気がした。

「…もしかして…十喜代さんの…」
「え」
「──いや、何でもない。其れより起きられるなら起きてくれ」
「…」

(もしかしておばあちゃんの夢を見て泣いていたと思われたかな)

東藤さんの気遣いにもう一度胸が痛んだ。



「しかし…万が一と思って予防線を張っていてよかった」
「え?」
「いや、万が一君が酔ったら北原や南から守らなくてはいけないと思ってアルコールを控えていて正解だった」
「…」

(もしかして昨日、お酒を飲まなかったのって)

不測の事態に備えて──という事だったのだろうか。

(…というか、東藤さんの北原さんや南さんに対しての扱いがちょっと…)

例え私が酔ったとしても(実際酔ってしまったけれど)あの二人に限って酷い事をするようには思えないのだけれど。

「甘くみない方がいい」
「え」
「男を。人畜無害そうな男に限って平気で酷い仕打ちをするものだ」
「…」
「君、なんか男慣れしていなさそうだから」
「っ!」

(何、其れっ)

しれっと失礼な事を云われたと思い一瞬憤慨したけれど、よく考えてみれば実に的を得た発言だった。

(…其れって…小説家って職業の人が持つ観察眼からの言葉なのかな)

「怒ったか?」
「…いえ…心配してくださってありがとうございます」
「…君は」
「? なんです」
「──いや、何でもない。其れよりも本当にいいのか、朝飯」
「あ、はい。是非」

東藤さんの家のお布団から起きた私は、お礼とお詫びを兼ねてお店で朝食をご馳走させて欲しいと提案した。

初めは気を使わなくていいと断った東藤さんだったけれど、私がどうしてもと懇願すると『じゃあお言葉に甘えるか』と承諾してくれた。

東藤さんの家からお店までは其れほど距離がなかった事に驚いた。

先刻みたいな会話しながらゆっくり歩いても10分もかからなかった。

(…其れにしても)

東藤さんの家もお店兼住宅の我が家と同じく平屋のこじんまりとした一軒家だった。

寝かされていた和室と玄関に続く廊下しか見る事が出来なかったから詳しい室内の様子は解らなかったけれど…

(なんだか…静か過ぎて冴え冴えとしていた)

何故かそんな印象を持ったのだった。

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