『先生は有名な小説家なんだぜぇ~』 

と云った北原さんの言葉。

でも当の本人である東藤さんは

『…売れない物書きをしています』

と。

(其れは多分謙遜──というものだろうけれど)

有名だろうが売れないだろうが小説家という職業は凄いなと純粋に思って色々訊きたいと思った。

けれど

「…」

私の横でムスッとした顔でグラスを煽っている東藤さんに必要以上に話し掛けられない状況が続いていた。

(あんまり訊いて欲しくないって感じだな)

私と東藤さんの間に見えない壁が立ちはだかっている様な気がして、気軽に職業の事を訊いた事を後悔した。

「どうした」
「…え」

不意に顔に影がかかったと思ったらすぐ目の前に東藤さんの顔があった。

「っ!」
「急に黙ったりして…気分が悪いのか?」
「い、いえ…」

(ビ、ビックリしたぁぁぁぁ──!)

不意打ちの美形の接近は心臓に悪い!──そう思いながら激しく高鳴る心臓を鎮めようと必死になる。

「先生のせいでしょうが!」
「は?俺?」

ワタワタしている私を庇う様にして蘭さんが先生を睨んでいた。

「美野里ちゃんは何も知らないのよ?悪気があって訊いたんじゃないんだから威嚇しないの!」
「威嚇?俺がいつ威嚇なんて」
「其の人を射殺しそうな仏頂面のせいで美野里ちゃんが委縮しているっていうの」
「なっ」

蘭さんからの口撃に東藤さんは驚くほど動揺している。

「美野里ちゃん、気にしなくていいのよ。先生はね仕事に関する事に触れるとちょっと──ううん、大分機嫌が悪くなるけれど、普段は優しくて紳士的な性質だから」
「…は、はい」
「おい、随分な云い草だな」
「先生は黙って!今日は美野里ちゃんの歓迎会なんでしょう?だったら不機嫌な態度で場の雰囲気悪くしないでよ」
「ぐっ──!」

「そうだそうだー先生が美野里ちゃんを泣かせたんだー」
「泣かせてはいないけれどテンションを下げた事は否めないのかも」

「おい、おまえら外野から何を云っている!」

蘭さんに加勢する様にボックス席のふたりから上がった声に東藤さんは席を立って応戦に行ってしまった。

「あ、あのっ」
「大丈夫よ、いつもの事なんだから」
「え」

突然の事にどうしたものかと焦っていると、新しく淹れ直したグラスを置きながら蘭さんが微笑んだ。

「あの三人はいつもあんな感じなの。一見喧嘩している様に見えるけれど、あれが彼らなりのコミュニケーションなの」
「…」
「まぁ、最初にあれを見ると大抵驚いちゃうんだけれどね」
「…そう、ですね」
「だから全然気にしなくていいのよ。さぁ、美野里ちゃん、おかわり飲んじゃわない?」
「あ…はい、いただきます」

場の雰囲気を悪くした原因の発端は私にあると思うのだけれど、蘭さんや北原さん、南さんのフォローで先刻まであった気まずさが薄らいでいた。


そして東藤さんも──


「おい、君、飲み過ぎじゃないか?」
「…へ」

ボックス席からカウンター席に戻った東藤さんが声を掛けて来た。

「先刻よりも顔が赤くなっているが」
「赤く…なっていますか…?」

(あ…元の東藤さんだ)

先刻の眉間に皺を寄せて強固な透明のバリアで防御していた様な雰囲気から一転、今、私に話し掛けている東藤さんはいつもの佇まいに戻っていた。

(よかったぁ…東藤さん…もう怒っていない…のかな…)

「おい、何杯飲ませた」
「そんなに飲ませていないわよ。まだカクテルを二杯──」
「はい~まだ二杯ですぅ」
「…二杯で酔っぱらったのか」
「え、美野里ちゃん、もう酔っちゃったの?!」
「何処からどう見ても酔っているだろう」
「あらあら、お酒、弱いのねぇ…十喜代さんは酒豪だったのにぃ」
「関係ないだろう、そんなの!仮にもバーテンダーなら客の酒量ぐらい把握しろ」
「やだぁ、なんであたし、怒られてるのぉ?」

(…う~ん…やっぱりまだ東藤さん…怒っているの、かな…)

また私が怒らせちゃったのかな──なんて事を薄れゆく意識の中で思った私だった。

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