「朱里はこれからどうするんだ」
「…え」

食事を終え、入浴を済ませてから寝室にふたりしてゆったりと横になっている。

他愛のない話から光人は少し真面目に訊いた。


「多分、近い内に蒼様は屋敷に戻られ、蒼様の主だった護衛活動は外部部隊から内部部隊に移行する」
「…そうだね」
「朱里はさ、内部部隊への異動、望んでいなかったよな」
「うん、断った」
「なんで」
「…」
「内部部隊長の八橋さんも朱里なら欲しいって云っていた。男では気が付かない細やかな配慮が出来ると云っていたし、後に蒼様の妻になられる方の護衛も──」
「光人と同じ職場で働くのは厭」
「──は?」

私はずっと心の奥底に燻っていた気持ちを吐露しようとしていた。


「もう私…この辺が潮時かなって思っている」
「……なんだよ、其れ」

光人は横たえていた体を起こし、真上から私を見下ろした。

「…」
「其れ、どういう意味だよ」
「私、蒼様がお屋敷に戻られたらこの仕事、辞める」
「は?辞めるって…辞めてどうするんだよ」
「どうもしないよ。ただの私に戻るだけ」
「…」
「蒼様に仕えるのはもうお終いにする」
「…其れでどうするんだ」
「…」
「SPの仕事辞めて、どうするんだ」
「…家族を作る」
「──え」

私も体を起こし、光人と目線を合わせ真剣に言葉を紡いだ。

「光人、私と家族を作ろう?」
「……」

光人は口を開けたまま表情ひとつ変えずに固まってしまった。


「私、光人から与えられた機会を使って自分が何をするべきか、何が出来るのかっていう事をこの十二年間で学んで来た」
「…」
「蒼様に仕えて来た十二年で私、若い時には見えなかった事、知らなかった事が随分解る様になって来た」
「其れって」
「私はちゃんと光人の事が好きだって事」
「!」

今まで一度も云ったことがなかった言葉を吐き出した。


「今ではちゃんと胸を張って云える。私は光人を愛している。一緒になって家族を作りたいって」
「…な…なっ」

途端にカァと赤くなった光人の顔があって、私は其れをいい方向に捉えようとしていた。

光人との距離を縮め、私は光人の頬に掠める程度の軽いキスをした。


「光人、私と結婚して」
「! ば、馬鹿野郎!」
「えっ」

急に声を荒げた光人が私の両肩に手に掌を置き、其のままシーツの上に押し倒した。


「おま…しゅ、朱里、おまえから云ってんじゃねぇよ!」
「…は?」
「俺が…俺から云うつもりだったのに…なんでおまえが先に~~」
「光、人?」

歯を食いしばっているような光人の顔は、本当に心底残念そうな顔をしていた。


「俺が…俺が長年練って来た瞬間をおまえはぁ~~」
「…ちょっと、どういう事」

訳が解らずに光人に詰め寄る。

しばし苦悶の表情を浮かべていた光人はやっと静かに話し始めた。


「俺が何年我慢して来たと思っている!」
「…え」
「本当なら…本当なら朱里が施設を退所する時に云うつもりだった」
「何を?」
「……」
「光人」
「…俺の嫁になれって」
「!」


(嘘!そんな事を思っていたの?!)


知らなかった事を告白され胸がドキンと高鳴った。


「だけど朱里が退所間近の頃に俺は施設長と会って、朱里が就職に関して悩んでいるという話を訊いた」
「…」
「自分はこのままでいいのだろうか、自分自身に自信が持てなくて、自分には何が出来るのだろう。このまま人に誇れるものが何ひとつない状態では前に進めないと悩んでいると──だから俺は朱里に選択肢を与えたかった」
「…其れって」
「俺の嫁になる前に何かひとつでも自信の持てる事、誇れる事を身に着けて、朱里自身がやり切った感を得た時には…其の時こそ俺は…」
「…結婚…申し込んでくれるつもりだったの?」
「……」

真っ赤になりながらコクンと首を縦に振った。


「そ、そんな…そんな素振り、全然」
「素振りなんてなくたって恋人同士なんだから普通考えるだろう?!いずれはって」
「!」


(恋人同士って云った)


今までの長い付き合いで光人から一度も訊いた事がなかった言葉が出て益々胸の高鳴りは増した。


「本当は…カマかけたんだよ」
「え」
「蒼様が屋敷に戻られるこの機会に…朱里が今現在どう思っているのかって事を知りたくて…蒼様にお伺いを立てたら今回のこの休暇を与えてくださって」
「蒼様に?!……まさか」
「全部知っている。俺と朱里の関係」
「!」


(な、なんて事!)


「でも蒼様は随分前から知っていたみたいだ。話しても大して驚かなかったし『さっさと嫁にもらってやれよ、女は30前に色々と考えるだろうからな』って言葉までもらって」
「な…なっ…」

恥ずかし過ぎてどうにかなってしまいそうだ。

蒼様の前では色めきだった感情は一切見せず、常に澄ました顔をして任務に全うしていた私が、実は同じ組織内の男と恋愛関係にあったという事を蒼様は知っていたのだという事実に。


(あぁ!恥ずかし過ぎて消えてしまいたいっ!)


私が羞恥に悶えていると、光人が私の右手を取った。

「え」

其の瞬間、ひんやりと冷たいものが私の体を駆け巡った。


朱に光る
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