「私、お昼ご飯を作りに来たはずだったんだけど」
「まぁまぁ、ん、上手いよ、このドリア」
「…」

結局あの後、散々セックス三昧の時間を過ごしてしまい、気が付いたら陽が暮れかかっていた。

「泊まって行くだろ?」
「まぁ…明日も休みだから」
「だよな。しかしまぁ…三日も休みだなんて蒼様も粋な事してくれるよな」
「光人、何か訊いているの?」

蒼様の名前が出た事に瞬時に反応してしまう。

「訊いてるっていうか…見合い話が出ている件、知っているか?」
「…何となくだけど」
「いよいよ本腰になりそうだとよ」
「…」
「結婚されたら屋敷に戻る事になるだろう。そうしたら朱里の任務は終わるな」
「…」
「そういう契約だったよな」
「……」

光人の言葉に気持ちはどんどん暗く落ち込んで行く。

そんな雰囲気の中でも聴こえてくるのは、再び光人が観始めた映画のビデオだった。

「…光人、この映画好きだよね」
「あぁ、まあな」
「…」


光人が好きだと云った映画は1980年代のアメリカ映画。

乳がんのため死を宣告された母親と10人の子どもたちとの愛の絆を描いた実話の映画化だった。

自分が死ぬまでに子どもたちの養子先を見つける事に奮闘する母親の姿は涙なしでは観られない。

この泣ける映画を昔、まだ養護施設に居る時に観た事があった。

其の映画に光人はえらく感動してしまって、大人になってからDVDを探したが生憎DVD化にはなっていなくて、VHS版ならあるとの事でわざわざビデオデッキを買い揃え、以来暇さえあれば観ているという具合だった。


(私は…あんまり好きじゃない)

光人の心の奥底を覗き見した気分になるから私はこの作品があまり好きじゃなかった。


共に同じ養護施設で大きくなった私と光人。


『朱里はいいよなー』
『何、急に』
『だってよ、ちゃんと親がいたって証拠があるんだからよ』
『え…』


其れは私が小学校高学年の時、中学生だった光人が教えてくれた事だった。


『あれ、知らなかったのか?朱里って名前、捨てられていたおまえの産着についていた名前なんだって』
『…産着』
『朱里(シュリ)ってわざわざ平仮名までふってあったって。其れって朱里は(あかり)じゃなくて(しゅり)って呼ぶって願いが入っているようなもんじゃないか』
『…』
『なんで朱里を捨てたかは解らないけどさ、とりあえず捨てたくて捨てたんじゃない、やむを得ずって感じするじゃん』
『…』
『おれなんて親の手がかりなーんにもないから施設長の苗字と32人目の保護男子って事で【32人】=【みつと】って安直な名前つけられたし~』
『…光人』


光人から訊かされた私の知らなかった情報は、私に何ともいえない気持ちをもたらした。

こだわりを持つ名前を付けたくせに捨ててしまえる親にはどんな事情があるのだろうという訳の解らない感情と、そして光人の自身の親の事を知りたい渇望感や焦燥感を垣間見た気がして、なんだか泣きたい気持ちになった。


『まぁ、今のおれには施設のみんなやおまえがいるから寂しくねーんだけど』
『光人…』


多分光人はずっと自分の家族というものに人一倍憧れを持っていたのだと思う。

其の頃はなんとなくぼんやりと考えていた事は、やがて成長し、光人と恋愛関係に発展するようになってからは心の奥底で其れを常に意識するようになっていた。


(いつかは私が光人の家族に…)


そう思うのは自然の流れだった。

其のままの気持ちを貫けばよかったのかも知れない。



──だけど其れと同時に私には不安な気持ちも大きくあった



本当の家族の愛というものを知らない私が果たして光人と家族になれるのだろうか、と。

私は光人の事をちゃんと好きなのだろうか、其れは同情から来る一種のまやかしじゃないのか、私は一生の愛を光人に捧げる事が出来るのだろうかと。

まだ何ひとつ自分に自信が持てる事をしてもやってもいない私が、このまま光人を受け入れ、憧れの気持ちのまま【家族】というものを作ってしまっていいのかという気持ちが大きくなってしまっていた。


(勿論、光人の事は好きだけれど)



私には自信がなかったのだ──



「おい、どうした」
「!」
「何考えている」
「…何も」

思わず考え事をしていて動作が固まってしまっていた。

そんな私の心の変化に光人は敏感だった。

「蒼様の事、考えてるのか」
「…え、蒼様?」
「なんだ、違うのか」
「…」

(どんな時も蒼様の事を考えなかった時なんてなかったのに)

今の私は何故か光人の事ばかりを考えている事に気がついてしまった。

何も持っていなかった私にありとあらゆるものを与えてくれた恩人である蒼様の事よりも光人の事を──


(蒼様はもう私を不要としている)


此処等辺が潮時なのだろうかと思ったのだった。


朱に光る
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