「朱里」
「はい」

夕食後、いつもの時間に全ての家事を終え部屋へ戻ろうとした処で蒼様に呼び止められた。

部屋に向いていた体を蒼様の方へ向き、其の場に跪く。


「明日からしばらく休みだ」
「──は?」

訊き慣れない言葉に思わず顔を上に向ける。

「オレは今夜から家に戻る」
「お屋敷に──でございますか」
「あぁ」
「…」

(もしやあの話が大詰めに)

脳裏に一瞬掠めた考えを払うように気持ちを引き締めた。

「もうじき屋敷からの迎えの車が来る。家に居る間は八橋に護衛を頼む」
「でも……あ、樹様は?樹様のお世話も私の仕事で」
「樹はコンペのための撮影で明日早朝から海外だろ」
「…あ!」

(そうだった)

おふたりのスケジュールを完璧に把握していたつもりだったのに、咄嗟の事ですっかり頭から抜けてしまっていた。

「おまえ、もう何ヶ月まともに休みを取っていない?」
「休みなど要りません。私の存在意義は蒼様を護る事で──」
「オレの命令に口答えするな!」
「!」

声を荒げた蒼様に瞬間心が凍り付いた。

(口答えなんて…そんな)

云われた言葉を心の中で必死に否定した。

「朱里、これは決定事項だ。明日から三日間の休職を命じる」
「…はい」


そんなに休んだ事などなかった私は戸惑った。

(三日も何をすれば)

何故急にこんな今までになかった事を蒼様は云い出したのだろうと思った。




『じゃあな』とひと言だけを残して蒼様は迎えの車に乗って行ってしまわれた。

そして翌朝早くには樹様も『松永さん、よい休暇を』と云い残し空港に向けて車を走らせて行かれた。


(…こんな事、初めて)

誰も居なくなってガランとした広いリビングでしばらく茫然としてしまっていた。


(あっ!)

ほどなくして頭が回って来た。

私は携帯を取り出し涙花様にメールをした。


(そうだ、涙花さまのお世話をしよう)


短時間でも灰嶋家のお手伝いが出来ればいいと思った。

身重の涙花様ならきっと喜んで受けてくれると思い、一気に心が軽くなった。


──が


【物件を探しに今は田舎の実家にいます。連絡しなくてすみませんでした (>_<) 】


(……)

涙花様の返信にガックリした。

(なんで…ご実家に帰られるだなんて私にはひと言も)

其処まで考えてハッとした。

(まさか…蒼様が裏で動いている?!)

私に休みを取らせるために蒼様が先回りして色々手を回しているような気がした。

そう考えると全てが納得出来てしまって益々ガックリしてしまった。


「あぁ!もうっ」

私はソファに倒れ込んだ。

この家に来てから一度もした事がない行為を初めてした。

(…ふかふか)

豪華で大きなソファに寝転がるなんて絶対にしないし、出来なかったのに…


(…蒼様は私から離れようとしている)


何となくだけれどそう感じるものがあった。

其れは組織内から一応の情報として訊いていた事と関係しているような気がした。


(…結婚…されるのだろうか)


とある有名企業の令嬢との見合い話が出ているという話があった。

(涙花様との事から一年…ほとぼりは冷めたのだろうか)


一介の護り役の私には関係のない、要らぬ心配だと思いつつも、どうしても気になって仕方がなかったのだった。


朱に光る
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