私は幼い時からずっと感情のない、まるで人形のような女だと云われて来た。

だけど其れは私が望んだ事ではなく、生まれ育った環境による処が大きいのだと思う。

普通の子のように親に愛され、望まれて来た子どもだったらきっとこんな風にはなっていなかっただろう。

誰に対してももっと素直に感情を、気持ちを曝け出す事が出来たら…


そうしたら私の何かは変わっていたのだろうか──?










「え、田舎に帰る?」
「はい、出来れば出産はあちらで迎えたいなと思っていて」
「…」


其れは突然の話だった。


私の雇い主である林宮寺蒼様の且つての想い人であった涙花様が灰嶋薫様と結婚してから一年。

つまり私が涙花さまの代わりに蒼様の元で家政婦として働き始めてから一年以上が経った頃のある日、いつものように涙花様にお茶に誘われ自宅を訪ねた際其の話は切り出された。


「安定期に入ったら引っ越そうかと薫さんと話していて」
「そんな…蒼様はご承知なのですか?」
「はい。真っ先に話していつもの通り散々文句を云って貶されましたけれど、最後には了承してもらいました」
「…どうして突然」
「実は前々から考えていたんです。私はひとりっ子で、灰嶋家に嫁いだとはいえいずれは年老いた両親の面倒をみなくてはいけないかなと」
「…」
「幸いにも薫さんも灰嶋の義父母も賛成してくれて…だったら早い内から田舎に慣れさせる意味でも子育てはあちらでしたいなと思って決めました」
「お仕事は?薫様のお仕事は」
「其れは大丈夫みたいです。此方にあるショップはもうスタッフさんたちだけで回せますし、薫さんはデザインとか元になる試作品を作る程度ですから、其れは田舎にいても出来る仕事なので問題はないそうです」
「…そう、ですか」


突然の話は思った以上に私に衝撃を与えた。

私にとって涙花様は初めてといっていいほど気心が知れた女性の友だちで、其の物怖じしない素直な性格に随分救われた事が多かったから、いざ涙花様が私の傍からいなくなるという事に一抹の寂しさを覚えた。


「朱里さん、どうかしました?」
「え」
「なんだか顔色が…」
「あ、いえ──其れは蒼様が寂しがるなと思いまして」
「いえいえ、私や薫さんが近くにいなくなっても蒼さんにはいっちゃんや朱里さんがいるじゃないですか」
「樹様はともかく、私は」
「だって朱里さんは蒼さんの事が好きなんでしょう?」
「──は?」

(今…なんと)

「私、ずっと思っていたんです。蒼さんと朱里さんってお似合いだなぁ~って」
「…」
「蒼さんには朱里さんみたいな女性が合っていると思うんです」
「…」
「美人で強くて有能で、家事も出来ちゃう最強の女性で…そういうのって完璧主義の蒼さんが求める女性像其のまんまじゃないですか?」
「──ふっ」
「へ?」
「ふふっ…涙花様ったら本当に…」
「え?え?なんで笑っているんですか、朱里さんっ!」


(これが笑わずにいられますか)


私が蒼様の事を?


私みたいなのが蒼様の求める女性像?


(本当に涙花様は純粋無垢な方だ)


蒼様がどうして涙花様を気に入られたのかこの一年の間で解った気でいた。



そして蒼様が涙花様を諦めた理由も──


(涙花様は蒼様の事を何も解ってはいないのですね)

だからいいと思ったのだろう。


だけど其れと同時にだからこそ諦めようと思った蒼様の気持ちが手に取るように解って、なんだか哀しい気持ちがふっと私の心の中を過ったのだった。


朱に光る
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