私が執念深い女だという事をあなたはまだ本当の意味で理解していないでしょう──? 



「今日から此方の循環器内科で看護師を勤めさせていただきます南有紗です」

「え」

他の人の歓迎の言葉や拍手よりも一際大きく私の耳に届いたのは、彼がちいさく呟いたたった一文字だった。




「久し振り」
「…」

診察時間外の休憩に食堂でたまたま見かけた彼に思い切って声を掛けた。

彼は私を見て、あからさまに大きくため息をついた。

「人の顔を見てため息をつくなんて失礼な人ね」
「君、なんで此処にいるの」
「なんでって、勤務しているからに決まっているでしょう」
「そういう意味じゃないって解っているよね」
「追いかけて来たに決まっているでしょう」
「誰を」
「小路くんに決まっているって解っているよね」
「…」

彼の言葉を引用して告げた私の言葉に彼は少し眉を顰(ヒソ)めた。


小学生の時から片想いをしていた小路くんが日本に帰国して、実家近くの総合病院に勤務しているという情報を十六澤くんから訊かされたのは三ヶ月ほど前。

其れを訊いた私は其の日の内に勤めていた病院を辞める決心をした。

そして小路くんが勤める病院に勤務が決まったのはつい三日前だった。

何処の病院も看護師不足で、今まで勤めていた病院を辞めるまでは時間がかかり大変だったけれど、其の分勤めたいと願った病院では直ぐに採用が決まった。

(しかも小路くんと同じ循環器内科だなんて)

其れこそ運命──と私が思ってしまっても不思議ではないだろう。

ただ、其れは私の一方的な思い込みで、小路くんにとって私は煩わしい存在でしかないのだろうと思う。


「そういうの、どうなの」
「何が」
「男を追いかけて今まで勤めていた病院を簡単に辞めてしまうという精神」
「簡単じゃなかったわよ」
「…」
「ちゃんと全て終わらせて来たわ。担当していた患者さんを蔑ろにしたりしなかったし、引継ぎだってきちんと終わらせたわ」
「まぁ、当たり前だよね」
「私はこの日のためにずっと頑張って来たんだから」
「…」
「其れを一ミリだって無駄にしないんだから」
「…のびるよ」
「え」
「お蕎麦。休憩時間だってあっという間に終わる」
「あ…ヤバッ」

小路くんに促されて私は慌てて昼食に選んだ温かい山菜蕎麦を口にした。

しばらくして、既に食べ終わっていた小路くんがジッと私を見ている事に気が付く。

「…何」
「ん?」
「ジッと見られていると…食べ辛いんだけど」
「あぁ、そうなの。失礼」
「…」

そう断っておきながらも、何故か私をジッと見つめる事を止めない小路くんが気になって仕方がない。

(これって…遠回しな厭がらせなの?!)

私が厭がっている事を小路くんがしているのだと気がついた頃にようやく私はお蕎麦を食べ終わった。

「ふふっ、汁まで全部飲むんだ。豪快だね」
「当たり前でしょう。汁まで全部が山菜蕎麦よ。其れに残すだなんて作ってくれた人に失礼だわ」
「体型とか気にしないんだ。太ったらどうしようとか」
「残念でした。食べた分以上に動くから太らないの、私」
「へぇ。まぁ確かに、南さんって細いよね」
「っ」

(そ、そういう不意打ち、止めて欲しいっ!)

少し頬に熱が集まった気がして恥ずかしかった。

そんな私を余所に小路くんは席を立ちトレイを手にしながら「じゃあね」と云った。

私も其れに倣い、席を立とうとした時

「あぁ、そうだ。僕ね、此処でも凄くモテているんだ」
「……は?」

突然突拍子もない事を云った小路くんがチラッと周りに視線を送ったのを見て、私も周りに視線を這わせた。

すると遠巻きに固まっている女性数人の視線が私たちに注がれていた。

(え)

「将来有望な医者を手に入れて玉の輿を狙っている浅ましい人たちだよ」
「…」
「そんな人たちを相手に君は僕と慣れ合って行くのかい?」
「…」
「ああいうのって結構凄惨だって訊くよ?醜い女の争い的な?」
「…」
「君、来た早々敵を作ったんじゃないのかな」

物騒な事を云う小路くんをついぼんやりと見つめてしまった。

(其れって…忠告?)

小路くんがどういう気持ちからそんな事を云ったのか私には解らないけれど、其れでも私は──

「そんなのは慣れっこよ」
「え」
「昔から小路くんの周りには私の敵が沢山いた」
「…」
「だけど──私の二十年に勝てる女なんて此処にはいない」
「…」

静かに、ちいさくだけれど私の持てる最大限の啖呵を呟いて私は席を立った。

そして小路くんと並び、去り際に宣言した。

「三年前に云った事に変わりはないわ」
「…」
「何年かかってもあなたを私のものにする」
「…」
「絶対に私のものにしてみせるから」
「…」

そう云った瞬間、今まで見た事の無い表情を小路くんがした。

其れは驚きでも、怒りでも、喜びでも、当惑でもない表情。

何とも形容しがたい彼の其の表情を見て、私は少しだけ自信を持った。

(私はこの人を手に入れられる)

何の根拠も確証もない事だけれど、そう思えただけでも私にとっては小路くん攻略の大きな前進になったのだった。





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