「帰りません!」 
「はぁ?何を云っているんだ、君は」
「其方の不手際で迷惑をかけられたのは私ですよ?!『間違っていたから帰れ』なんて勝手な云い分、酷過ぎます!」

気が付けば私は腹の底から声を出して店長に噛みついていた。

「ちょ…君、落ち着きなさい。そんな大声で叫ばなくても」
「こっちは死活問題なんですよ、働かなくっちゃ生活出来ないんです!其の辺の事をどう考えているんですか」
「あのねぇ、だから間違ったのは支店長のミスであって本店側にはなんの落ち度も──」

「なかったと?」

(え!)

いきなり店長とは違う声が室内に響いた。

「れ、蓮条院様!」

(れんじょういん…?)

店長の視線の先を辿ると其処にはひとりの男性が立っていた。

「騒がしいですね、これはなんの騒ぎですか」

「…」

紡がれたのは深く低い声色での言葉。

背が高く細身の体型は、何処からどう見ても高そうなスーツに包まれている。

端正な顔立ちに漆黒を思わせる濡れた瞳は全てを見通すかのように力強い。

(何…この人…)

其処にいるだけで空間が真空状態になるような息苦しさを感じた。

「あの…其の…これは」
「事の顛末を簡潔に述べてください」
「っ、はい!」

「…」

先程までの態度とは一転、店長は借りてきた猫の様に『れんじょういん』と呼ばれた人にしどろもどろに私の事を説明していた。

店長から話を訊き終えた彼は、視線を私に向けた。

(っ!)

其の射るような鋭い視線に呼吸をする事も敵わない気がした。

(なんだろう…苦しい…)

其の苦しさは何処から来るのか解らない。

ただ見つめられるだけで動けなくなる気がするのだった。

「──この度は大変ご迷惑をおかけしました」
「……へ?」

息苦しさが限界に来た瞬間、いきなり私の目の前で彼が深々と頭を下げた。

「話を訊いた限り、非は全面的に此方にあります」
「…」
「あなたには何も非がないというのに不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした」
「…ぇ…あの…」

何故か何処の誰とも解らない人にとても丁寧に謝罪してもらってかえって恐縮してしまう。

「あぁぁ、蓮条院様!其の様に頭をお下げにならず…謝罪ならわたくしめが」

青い顔をした店長が彼に倣って私に申し訳なかったと謝罪した。

(…いや…なんなの…これ)

なんだか大袈裟な事になってしまったなと思えるほどの事態に、私は溜まっていた怒りなど何処かに吹き飛んでしまっていた。

「あの…もういいですから」
「…赦していただけるのですか」

『れんじょういん』さんが薄く頭を上げ、私を見つめた。

「赦すも何も…間違われる事はもう慣れっこなのでいいんですけど…仕事に関しての事は…何とかして欲しくて…」
「『こっちは死活問題なんですよ、働かなくっちゃ生活出来ないんです』──でしたね」
「!」

(先刻の…訊かれていた)

訊かれていたも何も、あんなに大きな声で怒鳴っていれば厭でも聞こえるかと恥ずかしく思った。

「確かにあなたの云う通りです。働かなければ生活が出来ませんね」
「…はい」
「店長、この本店に彼女は必要ですか」
「は?」
「あぁ、愚問でしたか。必要ではありませんよね。先程のやり取りから推測すれば其れは解り切った事ですね」
「あ…あの…蓮条院様…?」
「本店には要りませんよね?彼女」

店長は彼に云われた言葉に戸惑いながらも薄く頷いた。


(……ちょ)


ちょっと…


(この人、なんなの?!)

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