わたしの好きな人は愛情を持たない人だった。 


『紅実の事を僕は好きなのかな』

小路くんから出た其の言葉は今まで生きて来た私の人生の中で一番衝撃的なものだった。

(まさか…紅実にすらそういう感情がなかったとは)

小学生の時から小路くんの事が好きだった。

頭が良くてカッコよくて優しくて──

そんな小路くんは理想的な王子様男子だった。

だけどいつも仲良さげに構うのは男女問わず紅実だけだった。

そんなに紅実の事が好きなんだと解っていても諦める事が出来なくて、何かにつけて小路くんに纏わりついたものだった。

だけど十六澤くんが現れてから紅実の関心が小路くんから十六澤くんに移った事を感じ、わたしは益々小路くんに固執した。

(もしかしたら紅実は無意識に小路くんにそういう感情を寄せれないと感じていたのかも知れない)

直接的に関われなくても紅実を通して言葉を交わせれば幸せだった。

いつかは紅実の事を諦めて、わたしに振り向いてくれる日が来ると──其の気持ちだけで今まで頑張って来たというのに…

(この人は誰も本気で愛した事がないんだわ)

其れを知るとわたしの中である種の感情が湧き出て来た。


「とりあえず、この件は小路くんの負けよ」
「だね。四日で戻すとは…紅実は朔の事を本当に愛していたという事なんだろうか」
「そんなの決まっているわ。好きだから、愛しているから結婚したのよ」
「…」
「あぁ、ごめんなさい。小路くんには解らないのよね、そういう目には見えない不確かな脳の錯覚」
「本当、口が減らないね」
「あら、怒った?ごめんなさい」
「いいや、そんな事を僕に云う人間は多くないし、目新しいしある種のデータ収集になっていいよ」
「…」
「さて、話は終わりでいいかな?そろそろ空港に向かわなければいけない時間になっていて」
「えぇ、忙しいのに時間を取らせてしまってごめんなさい」
「南さんが謝る事じゃないよ。元を辿れば僕が仕掛けた事だったしね」

憎らしいほど清々しい笑顔を浮かべて小路くんはテーブルに置かれていたレシートを手に取りながら立ち上がった。

「あ、わたしの分のお金」
「いいよ、ご馳走させて」
「借りは作りたくないの」
「借りって…ご馳走するって云っているのに」
「……じゃあ、今度逢った時、わたしが小路くんにご馳走するから」
「え」
「そういう事でいいなら喜んで今回はご馳走になるわ」
「…」

浮かべていた笑顔が瞬時に真顔になった小路くんを見つめながら、わたしは先刻湧き上がった感情を口に出していた。

「わたしはこんな事で引き下がらないわよ。いつか…何年かかってもあなたをわたしのものにする」
「…」

そう、こんな人だって解っても、わたしの気持ちが萎える事はなかった。

そういう無機質な欠陥品だという処も含めて、わたしは小路陽生という男を欲しているのだから。

「覚えておきなさい、小路陽生」
「……ふっ、面白いね、南さん」
「っ!」

そう云って私に向けた皮肉めいた笑顔は、眩暈がする程に眩しかった。

そうして小路くんはお店前で捕まえたタクシーに乗車して去って行った。


「…はぁ~~緊張したぁ」

思わず其の場でへたり込みそうになるのを何とか押し留まった。

「…」

小路くんが紅実に掛けた術が無事に解かれたと十六澤くんから訊いて喜んだ。

だけど其処までに至る小路くんの気持ちを考えるとどうにもモヤモヤして、其の真意を直接問い質しくなって小路くんの連絡先を十六澤くんに訊いた。

十六澤くんは怒りが収まるまで小路くんとは話したくないという事だったので丁度いいと感謝された。

ただし──

「…! あっ」

其の時になってわたしは、十六澤くんから頼まれていた事を小路くんに出来なかった事に気が付いた。

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