其れはまるで浦島太郎のような感覚に近いのかも知れなかった。

 「えぇ、なんで四日も過ぎているの?!」
「だから…ドジな紅実は掃除途中で階段から落ちて頭を打って少し混沌としていたんだよ」
「…嘘…そんな事ってある?」
「現に四日過ぎているだろう」
「…」

確かに置かれている新聞の日付けは、陽生ちゃんが家に来てくれた日から四日後になっていた。

「紅実は何処まで覚えているの?」
「だから…陽生ちゃんが家に来てくれた日よ。東京に戻るから長居出来ないって帰って行って…其れから…」
「…」
「……其の後で私、掃除して?」
「…うん」
「はぁぁぁ~なんなの、私!本当ドジだわ」
「でも打ち所が悪くなくてよかったよ」
「…朔には迷惑かけちゃったわね」
「俺はそんな」
「だって…朔の事、一時とはいえ忘れていたんでしょう?」
「…」

朔から訊いた話によると、頭を打って気絶した私は、気が付いた時には部分健忘症というものになっていて、現在の記憶を忘れてしまっている状態になっていたという事らしい。

だから大人の朔の事も、結婚したという事も、会社に勤めているという事も忘れてしまっていて、朔はそんな私を色々フォローしてくれたのだと訊いた。

「ごめんなさい…朔」
「謝るなって。こうやって元に戻ったんだから」
「…うん…そうだね」

朔の優しい言葉が私の心を少しだけ安心させてくれる。

だけど

(朔…泣いていた)

昨夜の事を思い出す。

激しい行為の中、朔は泣いていた。

あの時泣いた朔の理由が話を訊いた今では解った。

(記憶が戻った私を喜んでいたんだわ)

そうだと解って嬉しいやら恥ずかしいやら甘酸っぱい気持ちが湧いたと同時に

(でも朔ったら記憶のない私にあんな事…)

其れは記憶の無かった間にも繰り返された事だったかも知れないけれど、私自身記憶が戻ったと同時に今度は記憶を失くしていた時の記憶が無くなってしまっていたのだ。

(だから全然覚えていないんだけれど)

記憶の無かった私が朔とああいう行為が出来たのか──と考えると、なんだかもう複雑過ぎて考えようという気にはならなかった。

朔の事を忘れていても朔に抱かれていたかも知れない私は、多分、覚えていなくても朔を求めずにはいられなかったんだろうなと──そう考えて納得するのだった。



「紅実、何してるの」
「ん?何って明日の準備」
「え」

キッチンで常備菜を作っていると朔が話し掛けて来た。

「明日から仕事に行くから」
「えぇ、無理するなよ。まだ思い出してから一日も経っていないっていうのに」
「もう大丈夫なの。っていうか四日も仕事休んじゃってそっちの方が怖いわ」
「でも…」
「無理していないから。心配しないで?」
「…紅実」

朔の心配そうな顔を眺めながら手を動かす。

「なんかね…不思議なんだけど、凄く今の生活を満喫したいって気になっているの」
「え」
「こうやって食事のストックを作って仕事に行って、其れで合間に家事をこなして朔と一緒にご飯食べたり…いちゃいちゃしたり」
「っ!」
「そういう当たり前の生活がしたくて堪らないの」
「…紅実」

少しだけ鍋をかき混ぜる手を休め、朔に向き合い続けた。

「あとね…一時記憶を失くして、私の中で何か変わったのかなぁ…なんだか今まで以上に朔の事が…愛おしい」
「!」
「ふつうの生活の中でもっともっと朔を感じたいって気持ちが溢れているの…おかしいでしょう?」

ふふっと笑った瞬間、私は伸びて来た朔の腕に絡め取られた。

「さ、朔?!」
「紅実…おまえ~~~」
「…なぁに、また泣いちゃうの?」
「な、泣かない…泣かないけど…」
「けど?」

抱きしめた腕をそっと緩め、私の体と少し間を空けた朔の顔はほんのり赤らんで艶を含んでいた。

「俺が紅実を啼かす」
「え!」

そう云ったかと思った次の瞬間、私は朔によってお姫様抱っこをされていた。

「紅実を滅茶苦茶にして啼かせてやる」
「ちょ…何云ってんの!鍋…惣菜作りが」
「鍋の火は切った。惣菜作りは終わったら手伝ってやる」
「な…な、何いきなり欲情しているのよ」
「だって紅実が俺を喜ばせる事を云うからだろう」
「~~~」
「あんな事云われたら、可愛がりたいって思うだろうが」
「~~もぅ…厭らしいんだから」
「紅実にだけにな」
「…」

欲を孕んだ言葉を放つ朔から逃れられないと思った。

(…でも…私も啼かせて欲しい…かも)

そう思いながら寝室に向かう朔の首に両腕を絡ませたのだった。

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