すっかり夜の帳が降りた頃、私と彼は行きと同じく電車に揺られていた。

実家からの帰りは行きの時とは違った緊張感がふたりを包んでいた。


「…悠真くん」
「ん、何?」
「…えっと…明日も仕事、なんだよね」
「うん」
「…じゃあ今日は…ひとりでいたいよね」
「なんで?泊って行かないの?」
「え、いいの?」
「いいよ──というか、最初から帰さないつもりだったけど」
「~~~っ」

いつもと変わりない彼の態度と言葉に安堵した。

だけど安堵したと同時にある種の不安も少しだけ湧いていた。

 
『しっかし…君、僕の知っている奴によく似た面影をしているな』

『いや、こうして改めて間近で見れば見るほど、雰囲気といい顔立ちといい…似ているんだよなぁ』


父が切り出した其の発言から思わぬ展開が発生した。

彼の父親かも知れない人の存在が明らかになったのだ。

偶然にしては出来過ぎた展開にまさか、という気持ちがあったけれど、実際其の人の姿を写真で見て確信してしまった。

(あの人…絶対悠真くんの父親だよ…ね)

だけど父から訊いた其の人の情報は余りにも乏しかった。

学生時代は其れなりに一緒に遊んだりしていたけれど、父が卒業してからはパッタリと交流がなくなったという。

最後に音信があったのは二十六年ほど前で『結婚します』という葉書が来たきりだった。

父は其の葉書を何処かに失くしてしまったらしく、差出人住所は解らないとの事だった。

ただ結婚する相手に関しては覚えがあった。

其れは父と其の人の共通の友人だった女性で名前を『幸恵』といった。

其の名前を訊いた彼はちいさく「…違う」と呟いた。

父には聞こえなかった其の呟きを私は聞いた。

(違うっていうのは…悠真くんの母親の名前とは違うっていう意味だよね)

そうなるとふりだしに戻る事になる。

そもそも泉澤辰之なる人が彼の父親だと決まった訳じゃない。

顔が似ているというだけでそうだと思ったに過ぎない。

だけど其れを理由に信じてもいい程に其の人は彼にそっくりだった。


(あぁ…なんだかこんがらがって来た)


「考えなくていいよ」
「え」

不意に云われた言葉にハッと我に返った。

隣に座っている彼に視線を合わせると、酷く柔和な表情をしていた。

「美兎ちゃん、色々考えているでしょう。俺の父親かも知れない人の事」
「あ…うん」
「そういうの、考えなくていいよ」
「どうして?悠真くん、お父さんの事知りたいと思わないの?」
「思うとか思わないとか…どうでもいいんだよね」
「え」
「記憶にあるのは其の時の気分でコロコロ態度を変える弱い母親だけで、父親の事を訊いても何ひとつ教えてもらえなかった」
「…」
「其れはよほど思い出したくもない酷い父親だったんだろうとずっと思って来た。生きているのか死んでいるのか解らないけれど、知らないなら知らないままでいいと思っている」
「…悠真くん」
「俺はもう過去は振り返らない。これからは美兎ちゃんといる現在と未来しか見たくない」
「…」
「こんな俺の気持ち、解ってくれる?」
「…うん…解った」
「よかった」

そう云いながらニッコリ笑って私の肩を抱いて抱き寄せた。

其処から感じる彼の温もりがじんわりと私の体に伝わって来て何ともいえない気持ちになった。


(でも本当は…知りたいんだろうと思う)


彼は今と未来だけでいいという。

其れは辛い過去を体験して来た彼の本心だと思う。


だけど


(せめて…悠真くんは愛されて生まれて来たんだって事だけは知りたい)


彼の両親がどう云った経緯で結婚し、別れたのか──彼が生まれた時には其処に笑顔があったのだという事が解ればきっと今よりも過去の記憶は辛くなくなるんじゃないかと思うのだけれど…


(火に油を注ぐ事になるのかな)


考えなくていいよと云った彼の言葉に頷きながらも、どうしてもそんな事を考えて仕方がなかった私だった。

SOULAGER
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