久遠寺智里さんと結婚すると決めてから一ヶ月後、ふたつのスポーツ紙の片隅にちいさな記事が載った。

【シンガーソングライターのLiLiCa(20)一般男性と電撃結婚。今後のアーティスト活動は未定】



「あぁーこういう時こそ堂々と久遠寺智里の名前を出してCD売り上げに貢献したかった!」
「今は無理でしょう──まぁ、其の内夫婦共同作業という事で久遠寺智里の名前が出れば其方の事務所にある程度、貢献出来ると思いますよ」
「はぁ、一日でも早く其の日が来てくれます様に!」
「という訳なので梨々香ちゃんの契約、まだ其方にお任せしていても大丈夫ですか」
「勿論です。あれでも一応このオレが見込んで拾った金の卵ですから。これから存分に稼がせてもらいます」
「五所社長ってツンデレって感じがするなぁ」
「は?オレは別にあいつの事はただの商品としての興味しかありませんけど」
「ははっ、ツンの部分が大き過ぎてデレが隠れるタイプか」
「くだらない話は其の辺にしてこれからの展開を話し合いましょう、中山さん」
「仕事熱心ですね。云っておきますがあのふたり、当分仕事する気ないですよ」
「あ~そういえば今は船の上でしたか?」
「そうそう。久遠寺智里はずっと休みなしで働いて来た反動で今は休暇モード発動中ですから」
「そりゃ…仕方がないか」




【いつも応援してくださる皆さんへ】

そんな書き出しで私は自身のブログに結婚報告記事を書いていた。

ちいさいながらも新聞記事になった事で少し周辺が騒がしくなった私を久遠寺さんの案で暫く日本を離れる事にしたのだ。

ヨーロッパ方面への船旅で14泊16日。

勿論宿泊部屋はデラックスベランダスイートという豪華さ極まるものだった。


【突然の結婚報告に驚かれたかもしれませんが、私にとってアーティストになる夢と同じくらい夢見ていた好きな人のお嫁さんという夢がこの度叶いました】

(どれだけいるか解らないけどファンの人たちには飾らない言葉で私の素直な気持ちを知ってもらいたい)

勿論、結婚した人が久遠寺智里だとは書けないけれど、ちいさな時から大好きだったかけがえのない人と結婚して幸せなんだという事を知ってもらいたかった。


「へぇ…ずっと好きだった人のお嫁さんになりました──か」
「っ!」

急に後ろから声がしてドキッとした。

「折角の新婚旅行中だというのに何をしているかと思えば」
「あぁー」

携帯を持つ手を掲げられ、今打ったばかりのブログ記事を音読された。

「…ふぅん」
「な、なんですか…其のニヤけ顔」
「だって…俺の事、こんな風に想ってくれているんだって知ったらニヤけますよ、奥さん」
「!」

『奥さん』という呼び方がまだ慣れなくていちいち顔が赤くなってしまう。

「でもとりあえず、そろそろ俺の相手をしてくれませんかね」
「あっ」

座っていた椅子から其のままお姫様抱っこをされてベッドに移動させられた。

柔らかく押し倒されたベッドは船室の中にあるというのに広くて上質なものだった。

「…あの」
「ん?」
「あまり私にお金を使わないでくださいね」
「──は?」

甘い空気には不似合いな私の突然の言葉に久遠寺さんは呆気に取られた顔をした。

「新婚旅行と称してこんな豪華なプレミアムクルーズなんて…贅沢過ぎませんか?」
「全然贅沢じゃないよ、一生に一度の事だよ?此処でお金を掛けなかったら何処で掛けるというの」
「だって…」
「君は若い癖にしっかり者だね。大丈夫。君が思う贅沢は俺にとっては全然贅沢じゃないから」
「…」
「金銭面の心配はしなくていい。今まで貯まる一方で使い道のなかった金を有効活用しているだけだから」
「…其れでも」
「…」
「私はあなたと一緒にいられるなら近所の動物園に行ったって幸せなんですから」
「…」
「其れこそ家の中にずっと閉じ込められていても…幸せ…かも」
「…梨々香…君は本当に俺を喜ばせるのが上手い」
「え…あっ」

甘い時間の始まりを告げる首筋へのキスにフルッと体を震わせた。

「ん、もう何度も抱いたというのにまだそんなに初心(ウブ)な反応を見せて…俺を煽るの?」
「ち、違…あぁっ」
「まだまだ躾甲斐がありそうで其れは其れで嬉しいよ──梨々香」
「~~~っ」


慌ただしく夫婦になった私たちは結婚してから恋愛を初めたようなものだった。

知らなかった事をひとつずつ知り、そしてどんな長所も短所も受け入れられるくらいに愛し愛されてこれからの月日を過ごして行く。


「梨々香…君の甘い音色を聴かせてくれ」
「ん…あっ…」
「其の声が俺に様々なインスピレーションを与える──君は俺にとって全てに於いての女神だ」
「は、恥ずかしい~~っ」


彼からの芸術家気質の甘ったるい言葉を訊くと時々むず痒くなってしまう事があるけれど、其れにも慣れて素直に受け取ってしまう日がいつか来るのかと思うと中々複雑な心境になったりするのだった。





00000a41
★ランキングサイトに参加しています。
其々1ポチずついただけると執筆の糧になります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村