スナック【蘭の夢】

ママさんである蘭(ラン)さんがひとりで切り盛りするこじんまりとしたお店だ。

「今日は貸し切りにしているから思う存分騒いでねぇ~」
「蘭ちゃん、オレ、ビールお替わり」
「僕はウーロンハイ追加で」
「はいはい。ってかあんたたち、今日は美野里ちゃんの歓迎会なんでしょう?自分らばっか盛り上がらないの」
「だってよぉ、先生ががっちりガードしていて近寄れねぇもん」
「僕まで修吾と同じ扱いを受けるのには納得がいかないんですが」
「そりゃ来た早々美野里ちゃんを巻き込んで座る場所で揉めたあんたたちの中にいたいけな美野里ちゃんを放り込めないでしょう」
「だからって先生ズルいよぉーカウンター席で美野里ちゃんひとりじめして」
「まぁ…先生は無害ではあるけれど…其れでもこれでは歓迎会という席の定義はなさないんじゃ」
「憲ちゃんはいちいち小難しい事を考えないの」

(ふふっ、ボックス席は盛り上がっているなぁ)

北原さんと南さんもお店の常連みたいで、蘭さんと気の置けない会話をやり取りしていた。

「あ~煩い。酒くらい静かに飲みたい」
「東藤さん、そうは云ってますけどお酒、飲んでいませんよね?」
「…」

そう、東藤さんは先刻からノンアルコール飲料ばかりを飲んでいてお酒を一滴も飲んでいなかった。

「ひょっとして…飲めないんですか?」
「…いや、飲めるか飲めないかと訊かれれば飲めると答えます」
「今日は飲みたい気分じゃないって事ですか?」
「別にそういう意味でもないけど」
「…?」

よく解らなかったけれど、私自身もアルコールに強い方じゃなかったので根掘り葉掘り訊く事はしなかった。

「ねぇ、美野里ちゃんってあのお茶屋さん引き継いでるんですって?」
「え」

北原さんと南さんの接客を抜けてカウンター内に戻った蘭さんが私に話し掛けて来た。

「十喜代さんがやっていたあのお茶屋」
「あ、えぇ。始めたばかりなんですけど」
「あたし昼間はいつも寝ているから全然気が付かなかったのぉ。今度頑張って起きてお店に行くわね」
「ありがとうございます、是非いらしてください」

初めに感じたちょっと怖い印象と違って、すっかり柔らかい雰囲気になった蘭さんがにこやかに云った。

「あ~ん、いい子ぉ~♪好きになっちゃいそう」
「……え」

何気なく云われた言葉を一旦スルーしたけれど、後から考えるとなんか物騒な事を云われた様な気がした。

(…多分…スナックにありがちなサービストークって奴だよね)

そんな事を考えながら、ふとずっと気になっていた事を思い出し、いい機会だと思い隣に座っている東藤さんに訊いてみた。

「そういえば東藤さんってなんのお仕事をなさっているんですか」

するとグラスを掲げていた東藤さんの動きがピタッと止まった。

「皆さん『先生』って呼んでいますけど何かの先生なんですか?」
「…」
「ずっと不思議だったんです。日中よくお店に来るし、其れに着物を着ているのが珍しくて」
「…」
「ひょっとして踊りの先生とかお茶の先生とか…そういった日本文化的なお仕事をされているんですか?」
「…あ~そうだねぇ」

なんだか東藤さんはバツが悪そうな顔をして少し目線を伏せた。

(あれ?何か訊いてはいけなかったかな?)

東藤さんの其の様子から、仕事に関する事は話したくないのかなと感じた。

「あら、先生教えていないの?内緒にしているのぉ?」

私と東藤さんの会話に入って来た蘭さんは自分用に注いだグラスを片手に東藤さんに詰め寄った。

「別に内緒って訳じゃ──」

「先生は小説家なんだよー」

「え」

突然背後のボックス席から聞こえた声に振り返ると、やけに赤い顔をした北原さんがニヤニヤしながら続けた。

「先生は有名な小説家なんだぜぇ~」
「そうなんですか?凄いですね」
「そうそう、凄いよね~しかも其の小説っていうのが──」

「酔っぱらいは黙っていろ」

「!」

いきなり北原さん目掛けて白い何かが飛んで行った。

「ブハッ!」

見事北原さんに命中した其の白いものはおしぼりだった。

おしぼりを投げたのは東藤さんで、思わず其の横顔を観るととても怖い顔をしていた。

(えっ…怒っている?)

「そうだよ、修吾は余計な事を云い過ぎ。先生の事は先生の口から語られるべき事だろう」

南さんが北原さんを窘めているのと東藤さんの横顔を交互に見ていると、徐々に其の表情は元に戻りつつあった。

そしてそんな私の視線に気が付いた東藤さんは少しだけバツが悪そうに「…売れない物書きをしています」とボソッと呟いたのだった。

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