少し落ち着いた私は久遠寺さんに連れられリビングまで戻って来た。

其処で久遠寺さんが淹れてくれた紅茶をひと口含んではぁと息を吐いた。

「大丈夫?」
「…はい、随分、落ち着きました」
「そう…でも、よかった」
「え」

ソファの隣に座る久遠寺さんが少し表情を崩しながら続けた。

「あいつの演奏に感激していた君が、俺の演奏ではどんな反応するのか心配だったけれど…」
「…」
「想像以上の反応に…安心した」
「…あいつって」
「え」
「あの…ずっと久遠寺智里として接していたあの人は一体」
「あいつが中山美香流だよ」
「え」
「俺の腹違いの兄」
「腹違い…」
「そう。俺たちの父親は少し名の知れたピアニストでね、でもとんでもない女好きだった」
「…」
「本妻の他に何人か愛人がいて、其の中のひとりが俺だったり美加流だったりした」
「…」


静かに語られる久遠寺智里の生い立ち。

愛人の子として肩身の狭い生活をして来た久遠寺智里は女癖が悪くだらしがない父親を嫌悪しながらも其のピアノの腕だけは崇拝していた。

いつか父親よりも上を行くピアニストになって見返してやりたいと──其の一心でピアノを学び、音大に進学した時にたまたま同じように愛人の子として自分と同じような決意の元、音大で学ぶ腹違いの兄である美加流と出逢った。

意気投合したふたりは切磋琢磨しながら音楽の世界で鎬(シノギ)を削るが、やがてふたりはピアノの世界における活躍の場の狭さを知る事になる。

既に重鎮としてピアノの世界に君臨していた父と同じ土俵で戦う事すら敵わなかったのだ。

そんなふたりが河岸を変え君臨しようとしたのがいわゆる芸能界のミュージック部門だった。

最初は個々で活躍していたが、やがて久遠寺智里の名前がブランドとなる頃、智里自身は自分の理想と需要性のズレに悩むようになり鬱状態に陥った。

其れを救ったのが美加流だった。

久遠寺智里として表立った活動が出来なくなった智里の代わりに、美加流が智里の影武者としての役割を担うようになった。

美加流が依頼を受けると智里が曲を作り、其れをデモテープに録音するまでの作業をした。

表舞台で演奏するなどの仕事の時は久遠寺智里として美加流がこなしていたのだった。



(成程…)

腹違いの兄弟…分担作業──そういった経緯があれば自然と美加流さんが久遠寺智里の曲を其れらしく弾く事も納得出来た。

ただ単に久遠寺智里の名前がついた曲ならば何でもいいという人は、奏者が本人でなくても気が付かないという盲点を突いた方法だった。

(だから私も危うく騙される処だった)

曲は久遠寺智里ではなかった。

でもピアノ演奏された音は久遠寺智里を匂わせていた。

其れは久遠寺智里の影武者として演奏して来た美加流さんだからこそ騙せた事だった。


「じゃああの…先ほどの答えは」
「ん?」
「四曲とも久遠寺智里の曲ではないけれど、でも美加流さんが全てオレが作った曲だって云っていたのは───って…あっ、もしかして」
「気が付いた?嘘は云っていないだろう」
「…」

(そういう事だったのか!)

私は正解していたのだ。

四曲とも久遠寺智里の曲ではない。

つまり全てが久遠寺智里の影武者としての中山美香流が作った曲だったのだ。

(あぁ…なんだか頭が混乱しそう…!)

「まさかあのカラクリを見抜くとは思わなかった」
「え」
「今までにも俺の事を過大評価してひとり解った様な事を云う人たちは何人かいた」
「…」
「で、今日と同じ事をしてみせたら…誰ひとり当てる事なんて出来なかった」
「…」
「口ばかりの連中に辟易していた処に君がやって来た」
「…」
「心の中で願ったよ──どうか君は他の奴らとは違ってくれ、と」
「…」
「そんな俺の期待に君は応えてくれた。嬉しかったよ」
「…久遠寺さん」


そんな風に思ってくれていたのかとジワジワと嬉しさが湧き上がる一方で、根本的な疑問が私の中で芽吹いた。

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