促されてやって来たのはピアノが置かれている10畳ほどの部屋だった。

「此処は…」
「この家に二台あるピアノの内のひとつ。もう一台は地下のおれの部屋にある」
「…こんな立派なピアノが二台も」

(流石久遠寺智里の家)

思わずゴクッと喉が鳴ってしまった。

「そういえば君はピアノ弾けるの?」
「いえ…私はギターだけで…其れも独学です」
「そうなんだ。独学であそこまで弾けるようになるなんて凄いね」
「…本当はピアノ…習いたかったんですけど…体験教室で担当してもらった講師の人が私みたいな指の短い子は大して弾けないって…其れで泣く泣く断念しました」
「はぁ?何其れ。んな訳ないじゃん。そんな理屈を云ったらギターだって弾けないって事になる」
「ですよね。指が短いから弾けないって事はないと…実際ギターを弾き始めてから知りました」
「…音楽はどんな人にも平等に愉しむ権利がある」
「え」

私の後ろにいた中山さんがちいさく呟く様に発した言葉が心に刺さった。

「酷いね。子どもから愉しみや夢を奪う様な発言をする無能な大人は」
「…中山、さん?」

其のひと言ひと言が今まで私が知っていた中山さんのイメージを攫って行った。

(何…なんか、雰囲気が…)

優しくて穏やかな中山さんが静かに怒りを溜め込んでいる様な佇まいを見せ、一瞬背筋がゾクッとした。

「まぁまぁ。楽器を習うのに年齢なんて関係ないから。もしよかったらおれが直々に教えてあげるよ?」
「えっ、本当ですか?」
「勿論──ただし、君がおれの云う事を何でも訊いてくれるなら、ね♡」
「…」

(今、語尾にハートマークがついた気がした)

教えてくれるといっても其のレッスンは純粋に弾くためだけのレッスンじゃない様な印象を与えた。

「先生、新実さんをからかうのは止めてください」
「ははっ、バレたか」
「先生は人に教えるって柄じゃないですからね」

(…あ、戻っている)

久遠寺智里と話している中山さんを見て、先程一瞬感じた怖い中山さんじゃなくなっている事にホッとした。


「さぁて!無駄話はこの辺で。早速始めようか」
「!」

其れまでの温い雰囲気が一掃され、部屋の中にはある種の緊張感が漲った。

「新実さん、此方にお座りください」
「あ…はい」

ピアノがある位置から少し離された場所に置いてあった椅子に手を掛けながら中山さんは云った。


「これから立て続けに四曲弾く。其の内おれが作った曲が何曲めか当てる事」
「はい」

(四曲中…久遠寺智里の曲を…)

其処まで訊いてハッとした。

「あ、あの!」
「ん?何」
「久遠寺さんが作った曲以外はどんな曲、なんですか?」

そう、ハズレの曲の情報が欲しかった。

「あぁ、久遠寺智里じゃない曲を作ったのは中山美香流だよ」
「えっ」

驚きのあまり私は思わず中山さんを見つめた。

「厭だな、そんなに驚かないでください。僕だって一応作曲家目指して先生に弟子入りしているんですよ?」
「あ」

(そういえばそうだった…!)

最初逢った時、挨拶された言葉の中に弟子という単語があったのを今更ながらに気づく。

(なんか…お世話係の中山さんというイメージが強くてすっかり忘れていた)

「さぁて、始めてもいいかな?」
「よ、よろしくお願いします!」


久遠寺智里の声に、気持ちを引き締めた私は大きく頷いたのだった。

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