其の日の夜は中々寝付けなかった。


(なんだか色んな事があり過ぎて…)

私にとっては刺激の強い一日だった。

12年間憧れ続けた久遠寺智里に出逢えた喜びと戸惑いと、そして…

(焦燥感)

久遠寺智里という人に接すれば接するだけ曲から感じたイメージと若干のズレを感じてしまう。

大まかな印象はイメージ通りだった。

彼は確かに久遠寺智里なのだけれど…


(でもどうしてこんなに違和感を感じるの?)


何度目かの寝返りを打った其の時


~♪


(あ)

微かに、ちいさな旋律が聴こえて来た。

(この音…)

遠くから漏れ聴こえる其のたどたどしい旋律は確かに久遠寺智里のものだった。

(地下室から聴こえているのかな)

夕食の席にいなかった久遠寺智里は一度曲作りを始めるとちょっとやそっとの事で反応しなくなるのだと中山さんから訊いた。

でも其れはごく短い時間での事だそうで、30分集中したら其の後の10分は電池が切れたかのように何もしなくなる んだそうだ。

(電池が切れるってどういう感じになるんだろう)

そんな事を考えたら思わず笑みが漏れた。


~♪♪~~♬


(あぁ…なんか…眠い…)

まるで子守歌の様な其の優しい旋律は、まさに私が恋したあの幼い時に聴いた久遠寺智里の曲其のものだった。







「出来たぞー」
「!」

翌日朝食を済ませリビングの窓拭きをしているといきなり聞こえた声にビクッとした。

「──って、君、何しているの?」
「あ、えっと…窓拭きを」
「なんで」
「あの、やる事がないので中山さんに何か手伝える事はないかと──って其れより、久遠寺さん、出来たって」
「言葉のまんま。君にあげる曲が出来たよ」
「えっ、もう、ですか?」
「あぁ。あの後ドバドバッと曲想が浮かんでね。あっという間に出来たよ」
「…」

(凄い…)

てっきり早くてももう後ニ、三日はかかるだろうと思っていただけに余計驚いた。

「先生、お早いですね」
「あぁ、美加。もうお腹ペコペコ。なんか作って」
「はい、作ってありますよ」

キッチンにいた中山さんがトレイを抱えて来た。

「流石美加。あ、食事が終わってから聴いてもらうから」
「は、はい」

戸惑っている私を横目で見ながら久遠寺智里はテーブルに座って食事を始めた。


(…いよいよ…なんだ)

何曲かある内、久遠寺智里が作った曲を当てる。

見事当てられれば其の曲を貰う事が出来る。


(…でももしも…当てる事が出来なかったら…)


『おれの曲を当てられなかった場合は──当初抱いていたおれの思惑通りの事をさせてもらうよ』

『おれと寝てくれたら曲をあげるよ』


(~~~いやいやいや…ダメ、でしょう!)


寝て曲を書いてもらうなんて…

そんな行為でもらった曲なんて私にとってはなんの価値のないものになってしまう。

(例え其れが正真正銘久遠寺智里の曲だったとしても)

そんなんじゃないんだよ…私にとっての久遠寺智里という人は──

(…穢さないで)

久遠寺智里本人が久遠寺智里を辱めないで欲しいと心の底から思ったのだった。

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