慌てて振り向いた視線の先にいたのは久遠寺智里だった。

「え…な、なんで」
「美加に訊いたんだよ。広場の方に君が行ったと。迷子にならない様に迎えに来たよ──其れより、今歌っていたのは『eternal』だね」
「っ!」

聴かれていた──と思った瞬間、顔から火を噴きそうだった。

(本人を前に…は、恥ずかし過ぎる!!)

「随分昔の曲を好いてくれているんだね」
「…これが…私の初めてだから」
「え」
「あなたの…久遠寺さんの事を好きになったきっかけが…この曲だから…」
「…そうか、其の時からか…という事は10年…いや、12年ほど前から?」
「はい…」
「ふ…ははっ」
「?!」

いきなり久遠寺智里が笑い出したから驚いた。

(え…私、何か変な事を云った?)

訳が解らず困惑していると

「あっははっ…ごめん、突然笑い出して…」
「いえ…」
「いやぁ…其の曲、CMのタイアップ曲になったにも関わらず全然売れなくてね」
「え、そうなんですか?」
「うん。おれにとっては其の時の一番の自信作だったにも関わらずにね」
「…嘘」
「で、次に手掛けた5分番組のテーマ曲がやたらと売れてさ。其処からかな…久遠寺智里の曲が注目され始めたのは」
「え…5分番組の曲って…ちょっとコミカルな感じの…バンド演奏のものですよね?」
「流石だね、よくご存じで。あれさ、依頼されて其の場で作った即興曲」
「え!」
「わずか10分程で作った曲が売れるなんておれ自身思わなかったよ」
「…」

(あの曲は…私、あまり好きじゃなかったんだよね)

余りにも『eternal』とはかけ離れていた作風で…でもこういう曲も作るんだって感じで聴いていた。

「おれ、あの曲は失敗作だと思っている」
「!」
「正直今でも久遠寺智里の名前を付けたくない程に」
「…」
「ね、可笑しな話だろう?おれが丹精込めて作った曲は万人には受け入れられずに、受けを狙った様な手を抜いた曲ばかり売れるなんてさ」
「…」
「其れが…わずか8歳の子が作った本人の気持ちを汲んで、おれが欲しかった嬉しい言葉をくれるなんてさ。なんかさ、作り手の真意を読めない輩が業界には蔓延っているよ。つくづく思うね、愚かだな、と」
「…」
「でも──其れでもおれは売れるための曲を作り続けている」
「…」
「一番愚かなのは…久遠寺智里本人だ」
「止めて!」
「!」

私は思わず大声を張り上げていた。

視線の先には気持ちが読めない顔をした久遠寺智里。

「そんな事を云わないでください」
「…」
「本当の事だとしても…云わないでください」
「…」
「私は…例え久遠寺さんが手を抜いて作った曲だろうと…好きにはなれない曲があったとしても…其れを否定しません」
「…」
「どんな気持ちで生み出したにしろ、久遠寺さんが作った曲には久遠寺さんの其の時の魂がこもっているはずです」
「…」
「だから…どうか愚かだなんて云わないでください」
「……そう」

少し俯いてしまった私は久遠寺智里の其の時の表情を知る事もなく、ただ「君はそう思うんだ」という呟きを訊いただけだった。





「あぁ、お帰りなさい。丁度夕飯の支度が整いましたよ」

久遠寺智里と一緒に帰宅した私を中山さんが笑顔で迎えてくれた。

「美加、おれ、曲作り続けるから下で食うわ」
「え、一緒に食事をする時間すらないんですか?」
「時間、惜しいんだよ。今、すっごくいい曲想が浮かんでいて」
「…はぁ」
「だから──絶対いい曲が出来る」
「っ」

云いながら私の顔を見つめた久遠寺智里は今まで見たどの顔よりも真剣だった。

(もしかしてあれが…久遠寺智里の本来の顔、なの?)

そんな事を思ったらトクンと静かに胸が疼いたのだった。

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