『──という訳でおれが曲を書き上げるまでこのお嬢さんの世話も宜しくお願いね、美加』

そう云って久遠寺智里は自室だという地下室に閉じこもってしまった。


「先生は曲作りに入ると滅多に部屋から出て来ません。なのでどうぞ自由にお過ごしください」
「…はい」

中山さんに案内された客間のベッドに座り込んではぁとため息をついた。

(なんだか…おかしな事になっちゃったなぁ)

結果的に当初の目的だった久遠寺智里に曲を書いてもらうという願望は叶いそうな流れだったけれど…

(何曲かある内から久遠寺智里の曲を当てる)

そんな賭けが発生するとは思わなった。

もし負ければ──

『枕営業』

(~~~っ)

まさか久遠寺智里が本気でそんな事を云うとは思わなかった。

噂を肯定するかのような生々しい発言に少し…

いや、随分厭だな、と思った。


コンコン

「っ、はい!」

『中山です』

「あ…」

いきなりのノックに驚いたけれど、中山さんからだと解ると少しホッとした。

慌てて部屋の扉を開けると其処には色んなものを抱えた中山さんが立っていた。

「突然の滞在にお困りでしょう。着替えやアメニティグッズをいくつか持って来ました」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、其れより…よかったのですか?」
「え?」
「其の…先生との…賭け」
「…」

徐々に小声になると共に中山さんの表情が沈んだものになる。

(もしかして心配してくれている?)

「もし賭けに負けてしまったら…あなたは先生と──」
「負けません」
「…え」
「心配してくれているんですね、中山さん」
「…いえ、僕は」
「ありがとうございます。でも私、負けません──負ける気がしないんです」
「…」
「私は8歳の時、初めて久遠寺さんの曲を聴いて、其れまでの世界が一変したんです」
「…」
「世の中にこんなに美しくて儚くて脆くて…でも其の奥底には燻っている熱みたいなものを孕んでいる旋律があるなんて知らなかった」
「…」
「涙が…出たんです」
「…」
「たった30秒の旋律に…8歳の私が」
「…」
「其れ以来私は誰が何と云おうと久遠寺智里のファンなんです」
「…」
「ファンって言葉は軽すぎますね…盲目的に愛しているんです」
「え」
「顔も見た事ないし、どんな性格でどんな姿をしているか、全然知らないのに…でも…愛おして堪らないんです」
「…」
「だからそんな久遠寺智里に少しでも近づきたくて私はアーティストになりました。…って、全然売れていないんですけどね」
「…好きですよ」
「え」
「僕は、あなたが作る歌、好きです」
「あ…もしかして今回の事があるからって聴きました?」
「いいえ、今回の事がある前から」
「? え、えーっと…其れは…」

ピリリリリリリ

突然鳴った携帯の着信音に驚いて思わず言葉を呑み込んでしまった。

「すみません、先生からの電話です。僕に用事がある時はいつも携帯で呼び出すんです」
「そ、そうですか、あっ、色々ありがとうございます」
「はい、あ、夕食の支度が出来ましたら呼びに来ますね」
「解りました」

そうして中山さんはやっぱりにこやかな笑みを残して立ち去って行った。


閉められたドアにもたれてズルズルと座り込んだ。

(私…何をベラベラと…)

少し冷静になってみれば、お世話係の中山さんに向かって何を熱弁しているのだと思った。

(なんだろう…中山さんを前にすると私…)

初めて見た時から何故か訳の解らないものを感じた。

理屈ではなく、感覚的な処で…

中山さんの事が気になって仕方がなかったのだった。

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