ガタンガタン


鈍行列車の心地よい揺れ。

そして車窓に広がる風景が徐々に緑色を濃くして行くのをぼんやりと眺めていると少しずつ瞼が重くなって来る。


久遠寺智里との面会のアポが取れてから三日後。

私は指定された約束の場所に向かうために電車に乗っていた。

其の場所は都心から随分離れた、俗に避暑地として有名な町だった。

(久遠寺智里って東京住みじゃなかったんだ)

其の事に何故か少し安心していた。

私がイメージする久遠寺智里という人は都会の喧騒の中に住む感じじゃなかったから。

人気の少ない、自然の多い場所に住んでいるという私の勝手なイメージに近い場所に向かっている事にほぉっと息を吐いた。

(でもまぁ、電車で1時間半というのは遠過ぎる気もするけれど)

でも其の時間は、私の中の色んな事を整理するための時間としては妥当な気がしていた。

(其れにしても…)

出発前、社長に云われた言葉が心の奥底に鎮座していて私に重いため息をつかせた。


『あれは体目当てだな』
『え』
『だってよ、事務所名とおまえの名前を出した途端、直ぐにOKだったんだぜ?きっと何処かでおまえの顔を知っていて、遊ぶ分には丁度いいとか思ったんじゃねぇのかな』
『そんな…そんな人じゃ──』
『おまえ、先刻から其ればっかだけどよ、久遠寺智里の何を知っているんだよ』
『!』
『久遠寺智里って名前と作品だけは発表されちゃいるけれど、其の素性やパーソナルデータは一切不明』
『…』
『顏すら晒していないいわゆる存在自体が謎なんだぜ?』
『…』
『久遠寺智里に直接逢ったという人間は其の顔や素性を公表しない事を誓約させられているという徹底ぶり』
『…』
『そんな人間でも作る作品はやたら極上で金を生むものだから周りが放っておかないという性質(タチ)の悪さ』
『…』
『だから──正直おまえを久遠寺に逢わせる事にオレは躊躇いがある』
『…』
『久遠寺に逢ってしまったおまえがどんな目に遭うか──心配なんだよ』
『…社長』

(社長って暴君だけどやっぱり優しい人…だよなぁ)


そう、久遠寺智里は謎多き人だった。

其の素顔を見た者はいなくて(いたとしても公表出来ない状況に持って行かされる)生い立ちや誕生日や家族構成などといった基本的なプロフィールさえ謎なのだ。

唯一解っている事は久遠寺智里という名前と年齢、職業がピアニスト兼作曲家という事だけ。

正体が解らないから色んな噂が飛び交う。

(主に悪い噂ばかりが蔓延っているんだけど)

そんな中で、私が長年持ち続けている久遠寺智里のイメージは噂とは正反対のもので、時々噂の久遠寺智里に負けそうになる時がある。


(…ううん、負けちゃダメ!)


私は最初に感じた直感を信じる。


(久遠寺智里という人の本当はきっと)
 


──なんて考えていた私の想いがこの数時間後、綺麗さっぱり裏切られる事になるとは勿論知る由もなかったのだった

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