少し温くなったアイスレモンティーをひと口飲んだ。

「えーっと…本題」
「…うん」

十六澤の改まった口調に私も訊く体勢を整えた。

「…俺のさ、父さんってちいさいけど会社、経営してるんだ」
「其れって…社長って事?」
「まぁ。本当ちいさい会社なんだけど」
「…」

十六澤が社長の息子だったという肩書に純粋に驚いてしまった。

「で、俺の母さんは俺が小学1年の時に病気で死んだ」
「え」
「其れからは父さんとふたり暮らしていたけど、仕事が忙しかった父さんは自分に代わりに俺の世話をしてくれる家政婦を雇ったんだ」
「うん」
「で、其の家政婦は…俺が小学5年になった時に父さんと結婚した」
「…え」

(…って事は…前にインターホンに出た若い女の人って)

「家政婦から義母になった其の人の事は嫌いじゃなかったけど…でもどうしても気持ちの折り合いがつかなくて、再婚した当初、俺はかなり荒れていたんだ」
「…」
「で、小学6年の時、今まで住んでいた母さんとの思い出のあった家を売って、新しく建てたこの家に越して来たんだ」
「!」

(此処に引っ越して来た経緯にそんな事があっただなんて)

私は十六澤になんて声を掛けていいのか解らず、ただ黙って、時折相槌を打ちながら話を訊いていた。

「父さんは義母さんの気持ちを考えて引っ越したと云った。再婚した義母さんが気持ちよく過ごせる様に新しい家を買ったと──でも俺の気持ちは?俺は死んだ母さんとの思い出のある家を出たくはなかった」
「…」
「でも俺の気持ちは無視された。父さんは所詮息子の俺よりも再婚した女の方が大事なんだと思ったら、義母とは一緒にいたくなかった」
「……もしかして」

其処まで話を訊いて徐々に思う事があった。

「…あぁ。引っ越して来た当初、俺が真っ直ぐに家に帰らず公園のトイレに何時間も籠っていたのは義母のいるこの家に一分、一秒もいたくなかったから」
「…」

(そう、だったんだ)

十六澤の家庭の事情を知らなかった私には謎の行動だった事も、事情を知った今では納得の行くものになっていた。

そして自然と口から疑問が出ていた。

「…ねぇ、あの時、トイレで何していたの?」
「…」
「何時間も…そんなに時間、潰せる事って」
「…何も」
「え」
「何もしてないよ。ただ個室トイレの中に座っていただけ」
「…」

十六澤の言葉に絶句した。

(何もしないって…ただボーっと座っていたって事?)


何時間も…


何もしないで…?


「其れが家に帰るよりもずっとマシだったって事」
「~~~」

何故かあの時の十六澤の事を思い出すと目頭が熱くなった。

「おい、なんでおまえが泣いて」
「だって…だって…」

あの時、私はどうしてもっと十六澤の事を知ろうとしなかったのだろう。

もっと粘り強く、しつこいくらいに謎を知りたいと思って、いくら威嚇されたって諦めるべきじゃなかったのだと思ったら哀しくて泣けてしまった。

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