甘いひとときを過ごした私と恭輔は高揚した顔を抑えながらフロアに向かった。

「佐東さん、午後から経理課に行くんですか?」
「えぇ。前に九重くんが指摘した件を話にね」
「其れって──じゃあ、僕が行った方がよくないですか」
「そうなんだろうけど、でも九重くんはまだ入社間もないから。此処は指導員である私が頑張ってきます」
「…そうですか」

いつ何処で誰が訊いているか解らないので、一歩廊下に出たら私たちは『佐東さん』『九重くん』と普通の社員同士の呼び方に変わる。

(こういうシチュエーションってちょっと新鮮かも)

社内恋愛は面倒臭くて煩わしくトラブルが多そうだから絶対にしないと決めていた私だったけれど、恭輔との恋愛でそういった負のイメージは払拭されていた。

(相手が恭輔だからかな)

新入社員でまだ会社内で手垢のついていない恭輔はそういったトラブルとは無縁のところにいる存在だからだろうか。

心の何処かで安心している私がいたのだった。




「課長、これ経理課からです」
「あぁ、ご苦労様。どうだった?何か厭味、云われた?」
「厭味ってそんな。至極穏やかに解り合えましたよ」
「そう、よかった」

午後一で経理課に赴いた私は、経理課長から預かった書類を課長に手渡して自分のデスクに戻った。

透かさず隣の席の恭輔が話しかけて来た。

「佐東さん、大丈夫でしたか?」
「え」

恭輔が気にしているのは多分昼間私に声を掛けて来た人に対しての事だろうと思った。

「えぇ、話をしたのは経理課長の野上さん。向こうだって流石に新入社員と一対一で予算の事を話させる訳ないでしょう」
「…そっか、そうですよね~」

解り易い程に安心した表情を浮かべた恭輔が可愛くて、此処が職場じゃなかったら思いっきり抱きしめたくなった。

(落ち着け~落ち着け、私)

始まったばかりの恋に浮かれてしまっている私がなんだか可笑しいなと心の中でそっと笑ったのだった。



そして其の日の業務も恙無く終わり、私はそっと隣の席の恭輔とアイコンタクトを取りながら「お先に失礼します」と云って先にフロアを出た。

これも付き合い始めてから決めたやり取りのひとつだった。

仕事を終えた順に退社した後、決まった場所で落ち合う約束をしていた。

曜日によって其の場所を変えたりしてちょっとしたゲームみたいなやり取りに私は毎日胸をときめかせていた。

(というかいよいよ明日はデート!)

待ちに待った恭輔との初めてのデートがやっと明日に迫ったのだ。

(どうしよう、何着て行こうかなぁ~)

ふと、今までデートの前日にこんなにもはしゃいだ事があったかな?と思った。

(…なかったような気が…する)

告白されて付き合う事になって、デートの約束をされても其れは単なる相手を知るためとセックスをするための外出──という概念でしかなかった。

そういう行動をデートという言葉に定義づけていいのかどうか、恭輔と付き合い始めてから疑問を持つ様になった。

(きっと違っていた。あれはデートなんかじゃなかった)

つまり私にとっての初めての彼氏も初めてのデートも恭輔なんだという事実に気が付き、じんわりと胸が温まって行ったのだった。

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