静かなキッチンに龍ノ介くんが拭いた食器が重ねられた時に出る金属音だけが響いた。 

「あぁ、いいよ、私がやるから」
「…別に、慣れているから」

龍ノ介くんの『慣れているから』という言葉は、現在彼が携わっている仕事に裏付けられていた。

彼は高校を卒業後、進学せずアイドルを目指しながら今、父の営んでいる喫茶店で父の補佐をしていた。

つまり喫茶店で働いているという事。

父が所用で不在の時は全ての業務を担っていると訊いていた。

(確かに…お皿を拭く手つきは慣れているけれど)

「ありがとう。でも私の仕事だから」
「…」

そう云いながら私はシンクに残っていた泡の付いた食器を洗い流した。

しかし私の言葉を受けても食器を拭く事を止めなかった龍ノ介くんに少し呆れながらもさせたいようにしようと思った。


やがて共同でこなしていた作業が終わり、龍ノ介くんが黙ってキッチンを出ようとした処に思わず声を掛けた。

「龍ノ介くん」

龍ノ介くんは立ち止まって静かに私の方を向いた。

「あのね、なんだか色々気を使っているのかも知れないけれど、一緒に住んでいるんだからもっと甘えていいんだよ?」
「…」
「裕翔くんや浬くんにも云ったけれど、縁があってこういう生活をしている訳じゃない?いわばひとつ屋根の下で暮らしている家族だと思っているの」
「…」
「だからね、もっと云いたい事を云ってくれていいし、我儘も云ってくれていい」
「…」
「まぁ、まだ慣れていないから無理にそうなれとは云わないけれど、私はそう思っていると知ってくれたらいいなと」
「…合コン」
「え」
「合コン、するの?」

急に私が話している事とは的外れな応対が帰って来て一瞬戸惑った。

「え…と…もしかして先刻の電話…聞こえていたの?」
「…」

何とか会話を続けようと色々考えながら発した言葉に彼は薄く頷いた。

「其れは…プライベートな事なので──」
「云いたい事を云えと云った」
「え」
「今、この口で」
「!」

そう云ったかと思った次の瞬間、いきなり私の唇に温かいものが押し付けられた。

(な、な…っ)

間近に迫った彼の顔に胸が高鳴った。

「…ねぇ、答えて」
「…」

彼はそう云うけれど、私の唇は彼の親指の腹で抑えられているために言葉を発する事が出来ない。

(な、何…急に…)

軽いパニック状態に陥っている私の脳内では処理しきれない色んな感情が入り乱れていた。

「…約束」

彼はそう呟きながら戸惑い、困惑している私の唇から指を放した。

ジトッと見つめられてまるで金縛りにあった様に身動ぎ出来なかった。

「約束」
「や…やく、そく?」

彼が呪文のように唱える『約束』という言葉をオウム返しの様に呟く。

「守ってもらうから」
「?!」

其れだけを云って龍ノ介くんは私を其の場に置いてキッチンから出て行ってしまった。

何が起こったのか訳が解らない私は其のまま其の場にへたり込んでしまったのだった。

王子様の作り方
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