私たちが思っていたよりも話は驚くほどにトントン拍子で進んだ。


「そうか…そういった事なら俺は応援するよ」

まずは会社社長であるいっちゃんに薫さんは本業に力を入れたいと話し、私は薫さんの仕事を手伝いたいと伝えた。

するといっちゃんは少し驚いた顔をしながらも反対はしなかった。

「正直涙花が此処からいなくなるのは寂しいけど…薫が自分から起業したいっていった気持ちは尊重したい。其れに元々パールモデルの方はバイトみたいなものだったしな。本業に力を入れるのは当然だよな」
「うん」
「今まで以上に頑張りたいって思えたんだもんな、涙花のお蔭で」
「そう。僕の人生はルイカのお蔭で動き出したんだよ」
「…薫さん」

其の薫さんの言葉にはきっと沢山の意味が込められている。

異国で生まれて周りから未来を決められていた数年が、ある日突然なかった事になってしまって、そして自由に感情を出す事を遠巻きに禁じられていた今までの事を思うと私は胸が苦しくなってしまうのだった。

「僕はルイカがいればどんなに劣悪な状況に身を置いても幸せだと思えるよ」
「あ」

そう呟きながら腰を抱かれ頬にチュッとキスされた。

「だぁぁー!だからそういうイチャつきを俺の目の前でするんじゃない!ったく…こういう心臓に悪い事が回避されるなら薫の独立は尚更喜ばしい事だよ!」
「…あっそ」
「いいか薫、絶対に涙花の厭がる事をするんじゃないぞ!大切にしないと俺はおまえを八つ裂きにするからな!」
「何当たり前な事云っているの?というか樹に其処までされる謂れも筋合もない」
「おまえはー」

(ふふっ、また始まった)

相変わらずいっちゃんと薫さんの間にはある種独特の関係が存在していて時々ハラハラしたりするけれど、でも本当はふたり共心から信頼しあっているのだという事が解るようになって来たから前みたいに不安になったりはしなかった。


──こうして私たちはいっちゃんから会社を去る同意をもらったのだった






「あ…返信来た」


次に蒼さんに話をするためにメールで打診してみた。

すると

「蒼さん、蓼科から帰って来るって」
「え、本当ですか?本来なら私たちが蒼さんの元に向かうべきなのに」
「だね。でもなんかメールに【そろそろ田舎にいるのに厭きたから帰る】って」
「蒼さんらしい、のかな」

思わずクスッと笑みが零れたけれど、勿論其れは蒼さんの優しさの断片だっていう事を知っている。



其のメールから約半日後、蒼さんは数日ぶりにマンションに帰って来た。

しかし

「独立には反対だ」

「え」
「…」

リビングのソファにドカッと座った途端、蒼さんは開口一番にそう云った。

「…蒼さん、独立には反対って、どういう意味で云ってるの」

珍しく薫さんは其の表情に解り易い感情を貼りつけて蒼さんに詰め寄った。

「其のまんまの意味だ。独立どころか此処から出て行く事も反対する」
「どうして」
「煩せぇな!兎に角反対だ!いいな、これで話は終わりだ」

声を荒げながらソファから立ち上がり、部屋の方に歩いて行こうとした。

「待ってください!」
「!」

私は思わず蒼さんの腕を取った。

其の一瞬、ほんの少しだけ蒼さんの頬が赤く染まったけれど、直ぐに不機嫌な顔をしてバッと私の手を払った。

「蒼さん、どうして反対なんですか?」
「…」
「ちゃんとした理由を云ってくれないと薫さんだって私だって納得が出来ません」
「…」
「勿論、私たちが云っている事は社会人としては非常識な事かも知れませんけど…でも蒼さんなら解ってくれると思っていました」
「…」
「蒼さんもいっちゃんと同じ気持ちでいてくれるんだと…薫さんに対してはそうなんだって」
「──ルイカの事があるから?」
「!」
「え」

私の言葉を遮って聞こえた薫さんの言葉に驚いた。

「蒼さん、まだルイカの事を想っていて、此処から出て行く事、僕とふたりで住む事に反対しているんでしょう」
「…」

(え…そうなの?)

薫さんが蒼さんに向かって放った言葉は理由としては考えられる事かも知れないけれど…

(でももう蒼さんは私の事なんて)

心の中でそんな事を考えていると

「あぁ、そうだ。こいつが此処からいなくなる事が反対理由だ」
「!」
「えっ」


蒼さんの発言で一気に場の雰囲気は剣呑なものになってしまったのだった。

蒼い樹が薫る

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