約一時間程の食事を終え、薫さんは着替えて来るから待っててと云ってリビングを後にした。
軽く身支度をした私がソファに座って薫さんが来るのを待っていると、部屋から出て来た蒼さんと目が合った。
「あ」
「…」
何と云ったらいいのか解らず、何となく私は蒼さんから視線を外した。
すると蒼さんが私の横を通り過ぎる間際
「おまえ、何者だよ」
「へ」
急に云われた言葉に変な声で応対してしまう。
「…」
「あの…何者とは」
鋭い視線を向けて私をジッと見ている蒼さんを私はつい
(はぁ…本当可愛い顔しているなぁ)
なんて考えながら見つめてしまっていた。
「薫が笑っていた」
「…は?」
「声を押し殺していたけど確かに笑っていた」
「…」
何を云っているのだろうと思った。
(っていうより、何!先刻の…朝食での私と薫さんのやり取りを見ていたって事?!)
そうとしか思えない蒼さんの言葉に驚いた。
「あいつが笑うなんてありえねぇ」
「えっ、何でですか?薫さん、昨日からずっと笑っていましたよ?」
「はぁ?!」
素っ頓狂な声は私の耳を劈(ツンザ)いた。
「な、なんですか、大きな声で」
「……おまえ」
そう云ったきり蒼さんはまた私の顔をジッと凝視した。
(何、何なのよもうっ)
段々近づく蒼さんに恐怖すら感じて座ったまま後退りするけれど、当然直ぐに行き詰ってしまう。
「あ、あの…蒼さ──」
「…何やってんの」
「!」
後ろから聞こえた声に蒼さんは一瞬体を強張らせた。
「──薫」
「…いくら蒼さんでも厭がるルイカに迫ったらダメなんだよ」
「誰がこんなガキに迫るかよ」
捨て台詞の様に云い放って蒼さんはサッサと自室に戻ってしまった。
(な、なんだったんだろう…今の)
「ルイカ、大丈夫?」
「あ…はい」
崩れていた体をそっと差しのべられた薫さんの手で立て直した。
「何されたの」
「別に何も…ただ私が何者だという事について言及されていて」
「…何其れ」
「薫さんが笑っていたのを蒼さんがとても驚いていて…其れで薫さんはよく笑いますよ的な事を云ったら急に」
「…」
薫さんが無表情になって私を見つめた。
「あ、あの…薫さん?」
「…僕、笑っていないよ」
「は?」
「ルイカの勘違い。昨日も今日も笑っていないから」
「…」
なんだか昨日も似たような事があったなと思い出した。
(なんだろう、薫さんは笑う事に関しての話になるといつもこうだ)
確かに笑っていた薫さんを私は知っている。
だけど其れは薫さん本人は否定したい事柄みたいだ。
そして蒼さんも薫さんが笑っていた事に酷く驚いていた。
(…よく解らないけど薫さんが笑っても気に留めない様にしよう)
薫さんという人をよく知らない私。
本人が『笑っていない』というのなら其れに合わせた方がいいのだろう。
きっとこの疑問も長く付き合って行く内に解けるかも知れないから。
(今は何も詮索しないでおこう)
なんとなくだけどそう思ったのだった。

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