「…え、買い物する処?」
「はい。近くで何処かないですか?」

薫さんが黙々と朝食を食べているのを眺めながら私は尋ねた。

「…買物…近くに百貨店があるけど」
「百貨店?」
「デパ地下。確か食料品売り場だった気がしたけど」
「えーっと…そういう処じゃなくてもっとこうスーパーとか商店とか…こじんまりした処ってないですか」
「…」

都会に出て来て一日も経っていない私はこの街の事を何も知らない。

もっとぶっちゃけていうとこのマンションも駅からどういう道順で来たのかいまいち解っていない。

土地勘のない私は買い物に行こうにも其の場所が解らなくてちょっと困っていた。

すると私の言葉を受けて薫さんは箸を置いた。

そして席を立ち何処かに行ってしまった。

「えっ、薫さん?」

薫さんが行った方を見つめていると、ほんの数秒で戻って来た。

其の手にはスマホが握られていた。

(部屋に取りに行ったのか)

何も云わないでいきなり行動するから戸惑う。

「…食事中にごめんね。お店、調べてあげる」
「えっ、ありがとうございます!」

スマホの画面を器用に指先で滑らせながら操作する。

其の様子をジッと見ていると

「…面白い?」
「あ、ごめんなさい。スマホって凄いんですね、パッパって画面が変わって」
「ルイカはスマホにしないの?」
「はい。私、携帯自体あんまり使わなくて。本当メールと電話だけで充分だから」
「…ふぅん」

画面に視線を置いたまま特に関心もなさ気な生返事をしながら薫さんは操作を続ける。

そして

「…ちょっと距離があるけど商店街があるみたい」
「商店街?わぁ、其処に行きたいです」
「此処からだと…歩くと30分位かかるけど」
「あ、近いですよ。行って来ます」
「…冗談でしょう?30分だよ」
「? なんで冗談?近いじゃないですか」
「…」

なんだか薫さんが珍獣でも見るみたいな顔で私を見つめる。

(田舎じゃ何処に行くにも一時間ぐらいざらに歩いていたんだけど)

「あの、買い物に行って来ますから其の商店街までの地図を書いてくれませんか?」
「…地図」
「沢山お買物して美味しいご飯作りますから」
「…」

両手でガッツポーズを取ると、薫さんはまたくくっと声を殺して笑っていた。

「え、どうしたんですか?」
「いや…別に…ふっ…くくっ」
「??」

昨日から何度も見慣れた風景。

だからもう大して動じたりはしないけれど、でもやっぱりなんで笑うんだろうという気持ちはあった。

「…ねぇ、僕が車で連れてってあげるよ」
「え、車で?」
「うん。商店街近くのパーキングに停めればいいでしょ?其れに沢山買物するならやっぱり歩きでは大変だと思う」
「そんな…いいんですか?薫さんだってお仕事があるんじゃ」
「僕は時間に融通が利く仕事をしているから気にしないで」
「…」

確かに知らない場所にひとりで行くには不安があった。

其れに薫さんが云うように空っぽの冷蔵庫をいっぱいにしようと思ったら其れなりの食材が必要だろう。

という事は荷物が多くなるという事だ。

「あの…じゃあお言葉に甘えてお願いしてもいいですか」
「…うん」

特に表情を変えずに答えた薫さんは、またスマホを操作した。


すると


ガチャッ

「!」

いきなり聞こえたドアの音に驚いた。

扉の方を見ると其処には蒼さんが立っていた。

「あ、蒼さん?」
「気安く呼ぶんじゃねぇ」

空腹前の暴言トーンよりは少し落ち着いた声で一喝された。

そして蒼さんは私と薫さんの処まで来て、テーブルに何かを置いた。

見ると其れは何かの鍵だった。

「薫、ぶつけるんじゃねぇぞ」
「うん」

「…」

ふたりのやりとりを見る限り、どうやら薫さんは蒼さんに車を借りた様だ。

(先刻の…蒼さんに用件をメールしていたのか)

どうやら私だけに限らず、この家に住む者全てが蒼さんに用がある時は電話かメールでやり取りするという事が当たり前になっている様だった。

(なんだか変なの)

勿論そう思っても口に出す事なんて出来ない私だった。

蒼い樹が薫る
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