慌ただしく朝食を済ませた蒼さんはサッサと自室に引きこもってしまった。

「…」
「あぁ、蒼さんの事は気にしなくていいよ」
「え?どういう事」
「あの人は部屋で仕事をしているんだ。だからきちんと食事の支度だけ欠かさなければ酷い目には遭わないよ」
「酷い目って」
「ただし──蒼さんの部屋には絶対入らない事。これだけは約束して」
「え」
「何か用事があったらまずは電話を掛ける事。はいこれ、蒼さんの携帯番号」
「電話…」
「前に蒼さんの部屋を掃除しようとして中に入った家政婦さんがいたけど…あの日以来行方知れずになったんだよね」
「! わ、解った」

嘘か本当かどうかは解らないけれど、いっちゃんから受けた注意はなんだか益々蒼さんという人の事を解らなくさせた。

「じゃあ俺、外回りに行ってくるから。あ、そうだ、これ」
「?」

テーブルの上に置かれた封筒に目をやった。

「とりあえず一週間分の生活費。これで食品とか日用雑貨とか、あと涙花が必要だと思ったものを買ってよ」
「あっ、ありがとう」

そう云いながら封筒を手にするとなんだか厚い。

徐に封筒の中身を確認すると

「えっ!じゅ、十万?!」
「もし足らなくなったら云って?俺から蒼さんに云って──」
「冗談でしょう?!一週間って云ったよね?これは多過ぎなんじゃ」
「多くないだろう?食費だけでも半分以上は」
「…」
「な、なんだよ、其の眼は…」

(いっちゃんの金銭感覚がおかしくなっている!)

十万なんて大金を平気でやり取り出来るようになっているいっちゃんに少し哀しい気持ちになった。

「多いから半分返す」
「は?何云ってんの、涙花は都会の物価の高さを知らないからそんな事を云うんだ」
「え」
「此処は田舎とは違うんだぞ。何もかもが高いの!──まぁ、涙花も徐々に解る事だと思うけど」
「…」
「兎に角持っていて。もし余ったら其のまま涙花のお小遣いにしていいから」
「えっ!其れは駄目だよ!」
「大丈夫。絶対に足らないから──あっ、ヤバい、時間!じゃあな、そういう事でよろしく」
「あっ」

いっちゃんは慌ただしくリビングを出てバタバタと出かけて行った。


「…」

ひとり残った広いリビング。

先刻までの賑やかしさが嘘の様だった。

(…っていうか)

この家には私の他にも二人いるはずなんだけれど、どの部屋からも物音はしなくてまるで私ひとりだけが置き去りになっている様な気がした。

(なんだろう、この感じ)

まるで田舎の実家にいた時のようだ。

共働きで忙しい両親は朝早くから仕事に出かけ、最後に家を出るのは私だった。

そして学校から帰って来てもひとり。

通勤に時間がかかったり残業があったりと両親とご飯を一緒に食べる事は滅多になかった。


──家族なのにどうしてこんなにすれ違うんだろうとずっと思っていた


(考えても仕方がない事なんだけど…)

あの家を出てひとり暮らしする事には抵抗がなかった。

だってひとりは慣れているから。

ただ家の中に人がいるのに顔を合わせないとか、生活音がしないとか…そういうのは寂しいなと思った。

(やだ…なんか、涙、出そう)

昨日の今日で気持ちが張っていたのだろうか、無性に泣きたい気持ちになった。

「ルイカ、ご飯」
「!」

不意に掛けられた声に驚いた。

「…どうしたの、泣きそう」
「え…あ、あっ、ううん、何でもないですよ」
「…」
「ご飯、ですね、はい、今用意しますから」
「…うん」

私はバタバタとキッチンに向かった。


(薫さんがいた…)

後で朝食を食べると云っていた薫さんが来ただけなのに、何故か私の沈んでいた気持ちは一気に浮上したのだった。

蒼い樹が薫る
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