「飯っ!!」

部屋に響いた轟音と共に聞こえたのは、これまた大きな声。

「あ、蒼さん…」
「おい家政婦、オレの名前を気易く呼ぶんじゃねぇ!飯だ、サッサと飯を出せっ!!」
「は、はいっ!」

小さな巨人である蒼さんは昨夜同様、苛立った様子を存分に見せつけドカッとソファに座った。

「蒼さん、紹介が遅くなりましたが彼女が新しく家の事をやってくれる青木涙花です。俺の田舎の幼馴染みだって云っていたの覚えています?」
「るいか?変な名前」

「…」

ソファでいっちゃんが蒼さんに私の事を色々話していたのを遠目で見ていた。

(う~ん…どう見てもいっちゃんが女子高生を一生懸命口説いている風にしか見えない)

いっちゃんの蒼さんに対する態度からして、どうやら本当に蒼さんがこの中では一番偉い人のようだ。

(っていうか蒼さんって何者?)

私は蒼さんの苗字を知らない。

素性については薫さんもよく解らない処があったけれど、蒼さんよりは接した時間がある分何となく気易い雰囲気が出せた。

「…ねぇ、ルイカ」
「えっ」

トントンと肩を叩かれ我に返った。

まだ私の横に立っていた薫さんがソッと耳元で囁いた。

「僕、朝ご飯後で食べる」
「え、でももう出来ますよ?みんなと一緒に食べましょうよ」
「…」

薫さんの灰色の目がジッと私を見つめる。

(あ…もしかして)

私は思い当る事があって直ぐに「解りました」とだけ云った。

私の言葉を受けて薫さんは不思議な笑みを浮かべながら自室であろう部屋の中に入って行った。

(薫さんって食事の時間が長かったよね。他の人と一緒に食べるのには少し抵抗があるのかも知れない)

いくら気のいい仲間(?)だとはいえ、何かしらの気遣いをしてしまうんじゃないのかなと思い私は薫さんをあえて引き止めなかった。

(う~ん…解らない事が多過ぎて慣れるまでは大変かも)

正確な事を云えばまだこの街に来てから一日も経っていない。

いっちゃん以外のふたりとは知り合ってから十数時間しか経っていないのだ。

其れで全てを解ろうと思っても無謀なだけ。

(徐々に慣れて行こう…いつか薫さんの事も蒼さんの事もいっちゃん同様解る日が来る事を願って)

就職一日目の朝はそんな決意に溢れた時間になったのだった。



やっと出来上がった朝食をいっちゃんと蒼さんの前に出した。

「お、今日は和食か」
「うん、冷蔵庫の中にあまり食材がなかったから質素なんだけど」
「ん?漬物なんてあったか?」
「あ、其れ今漬けたの。簡単だよ、塩をもみ込んでちょっと放置するだけ」
「へぇ…其れだけでこんなに美味くなるの?きゅうりって」

いっちゃんは感心した様にニコニコしながら食べていた。

其れに比べて蒼さんは

「…」

(う~ん…見事に無言で一心不乱に食べている)

ガツガツ食べてくれているという事は決して不味くはないんだろうなと思うのだけれど。

「蒼さん、どうですか?涙花の料理」
「……まぁまぁ」

(あ、また『まぁまぁ』って云ってる)

「蒼さんのまぁまぁって合格って事ですよね?涙花、合格ですよね?」
「食事中に話しかけんな!」

蒼さんに怒鳴られたいっちゃんは不意に私の方を見てウィンクした。

(いっちゃん…)

私の代わりに感想を訊いてくれたんだと思ったら嬉しくて堪らなくなった。

(やっぱりいっちゃんは優しいなぁ)

今の私には其の優しさが何よりの救いになっていたのだった。

蒼い樹が薫る
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