上京してからこの時間まで、私の身に何が起こったのかよく解らなかった。

だけどいっちゃんから訊いた話で其の流れの意味がやっと解ったのだ。


──訊いた話はこうだ


五年前受けた映画のオーディションに落ちたいっちゃんは其処で声を掛けて来た人の事務所で芸能人デビューを目指して奮闘していたが結果が伴わない状況に厭気がさして一年で其の事務所を辞めた。

夢を叶える事が出来ずに目標を失ったいっちゃんは恥ずかしさから田舎に帰る事を躊躇い、都会で生活をするためにアルバイトを掛け持ちしながらお金を貯め、芸能人に代わる夢を模索していた。

そんな時に出逢ったのが蒼さんと薫さんだった。

出逢った時、三人は其々が似たような環境にいて何か目標を見つけて大きな事をしたいと考えた結果、会社を立ち上げる事にしたんだそうだ。


「三人である程度の金を出しあって、パーツモデル会社を立ち上げたんだ」
「パーツモデル?」
「知らないか?よくCMとかで手だけのアップとか脚元だけを映した映像が流れる事があるだろう?」
「あぁ…え、でもあれってCMに出ている子の手だったり脚だったりするんじゃないの?」
「そういうのは稀で、殆どは手専門のモデルだったり脚専門だったり…つまりある特定の部位専門のモデルというのが業界には存在しているんだ」
「そ、そうだったんだ」

田舎の素人には全く解らなかった業界という世界の常識。

そんな話をいくつも訊かされて、其の度に私はいちいち驚いてしまうのだった。

「あ、でもいっちゃんが社長って事は…実際はいっちゃんが会社の一番偉い人になるんだよね?」
「いや、社長といっても仕方がなくって感じなんだけど」
「へ?」
「蒼さんは役職が付く事が大っ嫌いでさ、其れに薫に関してはもうあの性格だから絶対社長とかには向かないんだよ」
「其れでいっちゃん、なの?」
「本当やむを得ず、なんだけど」

そんな裏事情があったとは知らなかったのでただ唖然とするしかなかった。

(…というか)

「ねぇ、なんでいっちゃん、蒼さんにはさん付けなの?薫さんは呼び捨てなのに」
「え、だって薫とは同い年だけど、蒼さんは俺より3歳年上だし、この会社だって殆ど蒼さんが作った様なものだから自然と」
「えっ、年上なの?!いっちゃんより3歳上って事は…あれで26歳なの?!」
「シッ!涙花、声大き過ぎ!蒼さんに年齢の話は禁句だから、絶対に本人に云っちゃいけないよ」
「! は、はい」

驚いた。

あの女の子みたいな線の細さ、私と少しだけしか変わらない背丈…

(何処からどう見てもボーイッシュな女子高生にしか見えないっ!)

「其れでとりあえずこのマンションが事務所兼住居を兼ねていて、所属するパーツタレントも探し中なんだけど、一応今は蒼さんが手タレ、薫が脚タレとして少しずつだけど仕事を請け負っているんだ」
「えっ、薫さん、モデルなの?!」

ビックリしてソファの向かい側で雑誌を見ながら私たちの話を訊いているんだかいないんだか解らない薫さんを見た。

私の驚きの声を受けて雑誌から少し目を放した薫さんは「…脚だけ」とひと言呟いた。

(男の人の脚が注目されるだなんて…す、すごい世界だなぁ)

「蒼さんは男にしては女以上に綺麗な手をしていてさ、まさに其れを使わない手はないって事で其処を会社のウリにしているんだよね」
「蒼さんの手…」

実は私はよく覚えていなかった。

だって其の濃すぎる横暴キャラの方が目立っていて、手を見ている余裕なんてなかったから。

(…ん?という事は)

「ねぇ、いっちゃん…もしかして私が呼ばれたのって…私の何処かのパーツが役に立つって事?」

恥ずかしくて少し訊きずらかったけれど、思い切って訊いてみた。

「あ、いや…そうじゃなくてさ…あの、涙花にはこの家の家事全般をお願いして欲しいなと思っていて」
「は?何其れ」
「実は通いの家政婦さんがもう何人も雇ったり辞めたりを繰り返しているんだ。俺は営業で忙しいし、薫は家事全般出来ないし、其れに蒼さんに至っては手タレという事から手を使った作業は極力避けて欲しいと思っていて…」
「なんで家政婦さんがそんなに何人も──あっ」
「…解った?涙花にも。まだほんの数時間しか此処にいない涙花でも解っちゃうくらいなのかぁ」
「…」

原因は蒼さんだと直感で解った。

多分三人の中で一番王様的な位置にいる人が彼なんだ。

(見かけは一番幼く見えるのにね)

少しの時間接しただけでも私の中では脅威の対象に位置づけられた人。

彼が次々に来る家政婦さんを困らせ、長続きさせない様にしているのだとなんとなくだけど悟ったのだった。

蒼い樹が薫る
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