結局云われるがままお風呂掃除をして、ピカピカになった湯船を見て蒼さんはやっと大人しくなった。

「はぁ~」

すっかり疲れ果てた私は豪華なソファに倒れ込むように座った。

「…ご苦労様」
「あぅ~疲れたぁ~」

薫さんが労いの言葉を掛けてくれるのは嬉しかったけれど、でもどうしても納得がいかない。

「あの、薫さん」
「…何」
「いっちゃん、何時に帰って来るんですか?」
「…さぁ…多分もうすぐ帰って来るんじゃないかな」
「仕事、忙しいんですかね」
「…どうだろう。そういうの僕、解らないから」
「そう、ですか」

(よくよく考えると解らない事だらけじゃないか?)

何故こんなマンションの一室に連れて来られてご飯を作ったりお風呂場を掃除したり。

(このマンション、会社兼住居って云っていたよね)

薫さんが云っていた言葉を思い出し、考える。

「…ねぇ」
「っ、はい!」

薫さんに話しかけられ意識を戻した。

「あのさ、ひょっとしてだけど…ルイカって樹から何も訊いていないの?」
「へ?」
「此処でなんの仕事をするか──というより、此処がどんな会社か解っているの?」
「いえ」
「…え」
「私…ただ派遣会社だっていう事しか知らなくて…いっちゃんに仕事を手伝って欲しいって云われたから来て…」
「…」
「え、なんですか?派遣会社じゃないんですか?」
「…いや、ある意味間違っていないよ、人材を派遣しているという意味では」
「なんだか回りくどい云い方ですね」
「樹が云っていない事を僕が勝手に云っていいのかどうか迷っているから」
「あ…そうなんですか」

相変わらず独特の雰囲気を放ちながら薫さんは置いてあった雑誌を手にしてパラパラ観始めた。

(話、終わったって事?)

なんだか宙ぶらりんな気持ちのままドッと疲れが出た。

(なんだか…眠い…)

今日一日の事を考えて一気に気が遠くなった。

朝早くに起床して慌ただしく故郷を出て、見た事もない大きな街に初めてやって来た衝撃。

そして今まで接した事のなかったタイプの男性二人とのやりとり。

知らない場所に連れてこられ一端の家事をさせられた。

(これで疲れないっていう方がおかしいよね…)

其処までで私の意識は無くなってしまった。










──花



「…」



涙…花…



「…ん」

「涙花」

「!」

耳元で囁かれた声と、背中に感じた温もりで一気に目が覚めた。

「あぁ、よかった、単に疲れて寝ていただけか」
「…あっ!」

私の目の前にいた人は、私が知っていた顔とは随分変わってしまっていた人。


──だけど決して見間違える事はない


「久し振り、涙花」
「い、い…いっちゃん!」

五年振りに再会したいっちゃんに起き抜けの私は思わず抱きついてしまったのだった。

蒼い樹が薫る
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