「わぁ、わぁ…わぁぁぁぁ~」
「…もう少しボリューム下げてね」
「あっ、すみません」
「…」

静かに窘められてもどうしたって感嘆の声しか出ない。

だって今、私の目の前にはとても美味しそうな料理が置かれているのだから!

「食べても…いいのでしょうか?」
「どうぞ」
「いただきます!」

私はパンッと両手を合わせて挨拶した後、崩すのは勿体ないなと思いながらも手をつけた。

「お!美味しいっ」
「…ボリューム、下げてね」
「あっ、すみません…でも本当美味しいです、これ」
「ただのクラブサンドでしょ」
「クラブサンド?…ってサンドイッチとは違うんですか?」
「サンドイッチと?さぁ…どうなんだろう」
「豪華なサンドイッチって事ですかね?」
「あぁ、其れでいいよ」
「へ?」
「…いいから食べなさい」
「はい──あの…灰嶋さん」
「何」
「灰嶋さんは何も食べないんですか?」
「僕は要らない」
「そう、ですか」

クラブサンドと呼ばれるサンドイッチを頬張りながら、私はチラチラと目の前に座る彼の事を見る。

いっちゃんの代わりに私を迎えに来たというこの男の人の名前が灰嶋 薫(ハイジマ カオル)だと教えてもらったのはこのお店に入る寸前だった。

お腹が鳴った私を灰嶋さんはロクな自己紹介をしないまま『ついておいで』とひと言云って歩き出した。

彼に云われるがまま私は後をついて行った。

やがて彼が立ち止まった先にはとても素敵なお店があって、思わずボーッと其の建物を見ていると『君、ちゃんとしないと酷い目に遭うよ』といきなり云われた。

其の言葉に驚いた私に続けて『名前も知らない男にノコノコついて来るだなんて…危機意識ゼロだね』と云われ呆れられた。

でも私からしてみればいっちゃんから頼まれたという言葉があったから信じて此処までついて来たのに、という気持ちがあった。

其れを其のまま彼に伝えると『…よっぽど樹の事、信じているんだね』と何故かよく解らない方向の話になった。

そしてようやく名前を教えてもらって、灰嶋さんもいっちゃんの会社で働いているのだと知った。

(なんだか灰嶋さんって…浮世離れしているって感じ)

最初に逢った時に声を上げて笑った感じと、今では全く違う人のように感じる。

だって端正な顔立ちから表情がなくなっていたから。

「…美味しくないの?」
「え」

急に灰嶋さんから声を掛けられた。

「最初のひと口で美味しいって云っていたけど、其れ以来ずっと黙っているから。何、もう美味しくなくなった?」
「あ、いえ…そんな事はないです、美味しいですよ」
「じゃあもっとなんかリアクションしてよ」
「……は?」

またおかしな事を云い始めたと思った。

先刻もゲラゲラ笑っていた自分を『笑っていない』とか云ったり、遠回しに騒ぐなと云っていたかと思ったら何かリアクションをしろとか…

(本当解らないな、この人)

そんな事を思いながらかぶりついたクラブサンドからズルッとベーコンがはみ出て其のままテーブルの上に落下した。

「わぁっ!勿体ない!」

私は慌ててベーコンを拾って其のまま口に放り込んだ。

「?! 何やってるの、汚いでしょ」

珍しく声に感情が籠った灰嶋さんの顔は強張っていた。

「え?汚くないですよ。だって3秒以内でしたから」
「は?3秒?」
「3秒ルールですよ。落ちたものは3秒以内なら拾って食べても大丈夫なんです」
「…」
「これ、実験とかしてちゃんと根拠があるルールなんですよ」
「…」
「テレビで観て得た知識なんですけど確かですよ。だって今までお腹壊した事とかないですもん、私」
「……ハッ」
「え」
「ハッ!ハハハハハハッ!な、なんだよ、其れっ」
「…」

また笑い始めた。

(…というか、何処がツボなんだろう?この人の笑いって)

三度目となるともう慣れたもので、私は笑い転げている灰嶋さんを横目に黙々とクラブサンドを平らげた。

お店の中の人がチラチラ見ている視線も気にならなくなった頃、やっと灰嶋さんの笑いは止まったのだった。

蒼い樹が薫る
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