急に私の前に現れた男の人は、姿形だけ見ればまるで

(お、王子様?!)

と思ってしまう程にカッコいい人だった。

「あのさ…其処、汚いと思うよ」
「え?」

やっと笑うのを止めた男の人が急に声のトーンを落として囁くように云った。

「地面に直接座るの、君の常識?」
「…」

其処で初めて気づかされた。

地べたに直接座るのは此処ではおかしいのだという事を。

(あっ、だから行き交う人みんな見ていたって事?!)

私は慌てて立ち上がった。

「あの、つい…田舎だと地べたに座っちゃうの当たり前の事で…其の、汚いとか全然思わなくて」
「…」
「でも、そっか…座っちゃいけないんだ…ははっ、私、常識ないなぁ」
「…おのぼりさんじゃ仕方がないよね」
「…」

つい先刻まで笑っていた人とはまるで別人みたいな変わりように驚いた。

(田舎者は常識ないって思われちゃったかなぁ)

なんだか少し心が暗くなってしまった。


ぐぅぅぅぅ~~っ


「!」
「…何、今の音」
「あっ、あああああのっ、わ、私のお腹が~~」
「…」

(こんな時にお腹が鳴るなんて!)

あまりにも恥ずかし過ぎて真っ赤になりながらも、つい男の人をジッと見つめてしまった。

すると

「ブハッ!」
「…え」
「あっはっはははははっ!な、何、今の、本当漫画みたいな腹の鳴り方っ」
「…」

また最初の時のように破顔して笑い出した男の人をただただジッと見つめる。

(…この人、ひょっとして笑い上戸、なのかな?)

ヒーヒー云いながら笑っている男の人を私はまた見つめる事しか出来なかった。

そして見つめながら思う。

(結局この人、誰なんだろう?)

私の名前を知っていたという事は私を何らかの形で知っている人なんだと思う。

だけど先刻から一向に詳しい事が訊けないでいるという事に戸惑ってしまっていた。


男の人が笑い終わるまで数分。

行き交う人のチラチラと見る視線にもすっかり慣れた頃、男の人はやっと真面目な顔に戻って話し始めた。

「…君、アオキルイカちゃんでしょう?樹の幼馴染みの」
「はい、そうです」
「樹から頼まれて僕が君を迎えに来たの」
「あ…そうなんですか」

いっちゃんが来てくれるとばかり思っていた私は少しだけ気落ちした。

「急な仕事が入ってやむを得ない状況でね。樹は君を迎えに行きたいって最後まで駄々をこねていたんだけど社長がそんな事を云っていたらダメでしょう?」
「…はぁ」
「だからそんな顔しないでくれる?ちょっと傷つく」
「え?」
「迎えに来たのが樹じゃなくて残念ってあからさまに顔に出ている」
「えっ!あ、あの…そんなっ、あなたが厭だとか、残念とか、そういう気持ちでは決してなくて!」
「…」
「というか、あなたは誰、なんでしょう?」
「は?…今、其れ?」
「だって…尋ねる間もなくずっと笑っていたので」
「……笑う?誰が?」
「あなたが」
「僕?」
「はい」
「…」

男の人は少し考え込む仕草をした。

そして徐に

「…僕、笑っていない」
「──へ?」
「君、幻覚を見ただけだから。だから嘘を云ってはいけないよ」
「…」

私はこんなにも清々しく見え透いた嘘をつかれた事がなかったので、ある意味この街の人の多さで驚いた事よりも強い衝撃を受けたのだった。

蒼い樹が薫る
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